住ムフムラボ住ムフムラボ

小林明子

小林明子/ライター

物心ついた時から家には動物がいて、ペットというより「家族」だった。 一緒に暮らすのは大変だけど、意外な発見の連続で離れられなくなる。

第22回 さようなら、そして、
こんにちは。その4

 アンドレと息子は仲が良い。アンドレが寝そべっているところに私が顔を近づけると、身構えるか逃げるかだが、息子には寄り添わせることを許し、顎を撫でられながらゴロゴロと喉を鳴らす。

 その光景を目にする度、「キーッ!あんた達(アンドレと息子)の生活費は一体誰が出してると思ってるのよ。しかもアンドレにとって、私は命の恩人でしょ? もう、アンドレじゃなくて、オンドレ~~やわ!」などと、モラハラ亭主のように毒づいてみせるのだが、1人と1匹はどこ吹く風。共にまどろみだしたりするものだから、私はすごすごと退散するしかなくなる。

 この1人と1匹が蜜月になったのはある事件がきっかけだ。そもそも、保護センターのスタッフさんに「アンドレは極端な臆病者だから、できればケージ飼いが望ましいです」と忠告されていた。けれども、その時の我が家にはケージの用意がなく、しかも終日ケージに入れておくなんて可哀そうだとも思ったので、私が一日のほとんどを過ごす10畳ほどの仕事部屋で自由に過ごさせることに決めた。


 最初の数日こそ隅っこに身を隠していたアンドレだが、1週間も経つ頃にはソファの上などでもまどろむようになったため、私も油断していた頃……。
 理由はわからないのだが、ハイになったアンドレは、仕事部屋を縦横無尽に走り始めた。そんな様子も時折見せるようになっていたので、「はいはい、運動したいのね」とスルーしていた瞬間、アンドレが仕事部屋の扉を自力で開けてしまったのだ。
 もう少し説明すると、勢いで扉のレバーに飛び乗った瞬間、体重がかかってレバーが下がり、扉が押し開いてしまった。図らずもアンドレは仕事部屋から飛び出した。

 私も何が起こったのか瞬時にはわからなかったのだが、戸口を見ると扉は全開。アンドレの姿はなかった。慌てて廊下を走って先回りし、キッチンとリビングに繋がる扉を閉めて、玄関と廊下にアンドレを封じ込め、大声で息子を呼ぶ。
 その間、カゴから大空に放たれてパニックを起こしたアンドレは壁を駆け上り、立てかけてある鏡の裏に回って倒し、破壊の限りを尽くした後、廊下に置いてある本棚の裏に入り込んだ。横側から手を入れようにも、今度は身を縮めてビクとも動かない。そこに騒ぎを聞きつけた息子がやって来た。

 今もそうだが、アンドレの爪はとても鋭い。死神の鎌のようなので、うかつに手を出そうものなら血まみれになってしまう。その時、私はムートンにウールを裏張りした手袋がタンスの中にあることを思い出した。
「あの分厚い手袋をはめたら、何とか捕獲できるんと違うやろうか」と提案。実行に移す。
 息子が手袋を装着する間に私が本棚をそろーっと動かす。文字通り石のように固まっていたアンドレはその形のまま、息子に胴体を持たれて移動。無事に仕事部屋に戻ることができた。見たこともない恐ろしい場所から救い出してくれた神様、に息子が見えたのだろう。これを機にアンドレと息子の中は急速に深まった。


 にしてもである、こんなに臆病で社会性ゼロでは、この先が思いやられると私が愚痴ると、息子が口を開いた。
息子「アンドレに、ここは安心できる場所なんやと信じさせてやらんとあかんと、オレは思う」
私「それは私かて思ってる」
息子「そのためにはフレンドリーなもう1匹をアンドレの友達として迎えるのが良いと思うねん」
私「もう1匹? え? 何の話?」
息子「実は、友達が保護した猫がいるんやけど、そいつは下宿やし飼えないし、その子をオレが引き受けたいんやけど」

私「そんな唐突な……」とうろたえつつも、心の中では姉も妹も猫の2匹飼いをしていて、うらやましくも思っていた自分が居て……。その心を見透かすように、息子が追い打ちをかけてくる。
息子「黒猫やねん。女の子。友達がお金出し合って動物病院に連れて行って予防注射や避妊手術も受けさせた。獣医の見立てでは、アンドレと同じ頃に生まれたみたい。友達になれると思う。名前もついてる。喪服みたいに真っ黒やからモック!」

 ちょっと感動した。多頭飼いすることで社会性が養われるのかは少々怪しい気もしたが、大学生の男子たちがそこまで面倒を見てくれた保護猫を見捨てては女が廃る! アンドレと気が合うかが心配だが、案ずるよりは産むが易し。何とかなるだろう。


 数日後、モックはキャリーケースに入れられて我が家にやって来た。仕事部屋の真ん中に置き、しばらく様子を見る。アンドレはケースの周りをうろつきながら近づき、匂いを嗅いだ。透明な部分から真っ黒なモックの瞳が光って見える。そもそも大柄で、我が家に来て以降も順調に体重が増えているアンドレに比べると一回りも二回りも小柄なモックは心細そうに鳴いた。

 というか、正確に表現すると口を開けたが、声は聞こえない。ハーという感じのかすれた音が聞こえる。もしかして泣き叫びすぎて声が枯れた……とか危惧する。後でモックは声が出ないタイプの子だとわかるが、その時は不憫で不憫で、とにかく撫でてやりたくて、ケースの蓋を開けた。

 ファーストコンタクトの際、飛び出して物陰に隠れたアンドレと違い、モックはスッと首を伸ばし、辺りをゆったりと見回した。その様子を見たアンドレが、「安心して良いよ」とでも言いたげな風情でモックの顔をなめた。昔からの知り合いでもあったかのような自然なボディタッチだった。

 モックは本当に物おじしない子で、キャリーケースから出ると、パトロールするかのように部屋を一周。すぐ私の膝にも乗って来た。アンドレが警戒していた、モーター式の猫用ファウンテンから美味しそうに水を飲んだ。それを見たアンドレも、今まで警戒していたことも忘れ、釣られて飲む。息子の言っていた社会性らしきものが芽生えた瞬間を目の当たりにして目頭が熱くなった。
 部屋の点検が終わったのか、モックが「やれやれ、今日は疲れたわ」と言わんばかりに体を丸めてまどろみ始める。その背中に寄り添うアンドレ。またも目頭が熱くなった。


 図らずも、夢だった多頭飼いをすることになった訳だが、その時の私はまだ気づいていない。双子育児と同じように、多頭飼いは多くの幸せをもたらしてくれるが、一方で倍のお世話を強いられることを……。最初の衝撃は友人の一言。
「猫1匹を生涯面倒みると、なんやかんやで100万ぐらいかかるらしいよ」 
 ということは、アンドレ+モック=2×100万=200万円! 仕事……ますます頑張らねば……!!

 ということで、次回は多頭飼いデビューした日々について綴ります。

シャンコの遺産である特注キャットタワーの上から外を眺めるアンドレ(左)とモック
シャンコの遺産である特注キャットタワーの上から外を眺める
アンドレ(左)とモック

コラムニストから選ぶ

PAGETOPへ