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平尾 剛

平尾 剛/スポーツ教育学者

元日本代表ラガーマンが書き下ろす「スポーツは、だから面白いし飽きない」。 読めばもっと身体を動かしたくなる、面白いゲームが観たくなること必至。

第19回 神戸製鋼の復活優勝に思う

 ラグビーの現役選手を引退して13年目になる今になっても、秋口になるとそわそわする。
 現役時代は、ラグビーシーズンが到来する夏も終わりかけの9月ごろになると、気持ちを「戦闘モード」に切り替えていた。ほぼ毎週、勝敗をかけて試合に臨むシーズンを乗り切るためには当然それ相応の心構えが必要となる。ながらくの競技経験を通じて実践してきた習慣で身についた、この身体実感が今もしつこく残っていて、まだ続いている。

 わけもなくただただ高揚するこの気分は、寒さが身に沁むあいだはずっと続く。だから冬という季節はとかく胸のあたりが落ち着かない。この12年間、ずっとそうして過ごしてきた。ずっとそうして、高校、大学、社会人と、各カテゴリーの試合を観てきた。
 だが今シーズンに入って、この高揚感はようやく薄れてきたように感じている。引退という現実に、からだがようやく追いついてきたのだと思う。それとともに現役への未練も薄れてきて、幾分か平穏な心境で試合を観戦できるようになった。


 心静かに観戦に興じた2018年度は記憶に残るシーズンになった。というのも、古巣の神戸製鋼コベルコスティーラーズが2003年にトップリーグを制して以来、15年ぶりの優勝を収めたからだ。思い起こせば僕らの世代が引退してからずっと神戸製鋼は優勝から遠ざかっていた。この間は、シーズン始めは好調なものの終盤になるにつれて勢いを失い、優勝を逃す。この繰り返しだった。

 今年こそはと抱いた期待が肩透かしを食らい、ついには落胆する。人は期待を裏切られ続けると、そもそも期待するのをやめてしまうもので、やはり今年もダメかと諦めの境地になりながら、それでも試合結果は気になるというのが昨年までのルーティンだった。
 今シーズンはそれにようやく終止符が打たれた。

 シーズン前から神戸製鋼は注目されていた。年間最優秀選手を3度獲得し、ニュージーランドを2度のW杯優勝に導いた世界的な名選手であるダン・カーターの加入に、ファンは色めき立っていた。彼が来日するのとちょうど同じ時期に、サッカー界にも大物選手が来日したのを知っている人は多いだろう。元スペイン代表のアンドレス・イニエスタがヴィッセル神戸に加わったのだ。競技をまたいだビッグネームの来日に、両スポーツならびに両チームのファンは喝采を送った。とりわけ神戸では、この両名の移籍が世間で話題となった。

 ラグビーファンならカーター選手の実力と人気を知らない人はいないだろう。個人的にあこがれを抱いていた僕としても、カーター選手の加入で神戸製鋼が長らくの低迷から脱することができるかもしれない。そう期待した。それと同時にある種の懸念もあった。集団競技のラグビーではたった一人の加入で爆発的にチーム力が向上するケースは少ない。少なからずチーム力が上がるのは間違いないにしても、優勝に手が届くレベルにまで引き上げられるのかは未知数だ。チームの戦略や戦術を理解し、選手同士が醸し出す雰囲気に馴染むにはそれ相応の時間がかかる。移籍後すぐチームにフィットし、優勝を果たすというのはさすがに期待しすぎではないかと、いささか慎重になっていたのである。

 だがこの懸念は杞憂に終わった。神戸製鋼は見事に復活優勝を遂げた。前年度覇者のサントリーサンゴリアスと対戦した決勝戦のスコアはなんと55-5。圧勝だった。
 リーグを通して奪ったトライ数は、2位のNTTコミュニケーションズシャイニングアークスの51に対して、神戸製鋼は69。1試合平均8トライを奪った攻撃力が今季の神戸製鋼の特徴だ。今シーズンはトヨタ自動車ヴェルブリッツに引き分けた以外はすべて勝利を収めるという、非の打ちどころのない完勝だった。
 それを牽引したのがカーター選手である。

 ペナルティゴールをすべて決めたキックの正確性はいわずもがなだが、パスやランを始め、ラグビー選手が身につけておくべきジェネラルスキルの完成度が抜群に高い。一言でいえば「なんでもできる」。どんなにプレッシャーがかかる場面でも基本スキルがぶれないのだ。
 世界ランク1位の座に君臨し続けるニュージーランドで、ながらく司令塔として活躍した実績は紛れもなく本物だった。だが、彼の持ち味はそれだけにとどまらない。勝負どころを読む判断の正確さと、周囲の選手を活かすプレーこそが真骨頂だ。

 相手ディフェンスに隙がなければ早めにパスをしてフォワードの突進を促す。あるいはキックを選択して陣地を稼ぐ。ひとたび隙を見つければ自ら突破するか、あるいはフリーの選手に正確無比なパスを通す。このさじ加減が抜群で、場面ごとの判断をほとんど間違えない。ともにプレーしたチームメイトは楽しくて仕方がなかったはずだし、対戦相手にとっては厄介な存在だっただろう。

 また、彼とともにプレーする選手のパフォーマンスも劇的に向上した。たとえばセンター(CTB)のアダム・アシュリークーパー選手は、昨年までとはまるで別人のようだった。オーストラリア代表キャップ数116という実績は突出しており、その実力は疑う余地もない。にもかかわらず来日直後はプレーに精彩を欠いていた。及第点はつけられるが、目を見張るようなプレーが見られない。豪代表としてのこれまでのプレーを見てきた僕の目には物足りなく映った。周りとの連携を欠いているのか、はたまた水が合わないのか、かつての輝きを失ったようでいささか落胆していたのが正直なところである。

 だが今年は違った。随所に世界レベルのプレーが見られた。
 最も印象に残っているのは、サントリーとの決勝で見せた、後半始まってすぐの松島幸太郎選手へのタックルだ。松島選手の体が宙に浮くほど激しいこのタックルがきっかけとなり、ボールを奪い返した神戸製鋼はすぐさま反撃に転ずる。フォワードが何度か突進して連続攻撃をしかけたあと、絶妙なコースでフォローしたアシュリークーパー選手が自らトライを決めた。

 ビッグタックルをしたときのスコアは22−5。ラグビーでの17点差は微妙だ。リードする側が得点を追加すればほぼ勝利を手中に収められる反面、追いかける側がトライを奪えば接戦にもつれこむ、いわば勝負どころである。だからあのタックルは、相手の反撃の芽を摘んだビッグプレーだった。しかもタックルしたあとすぐに立ち上がって、その後の連続攻撃に積極的に絡んでトライまで奪ったその運動量にも舌を巻いた。さすがだった。

 彼の他にも、橋本大輝選手(FL)、アンダーソンフレイザー選手(WTB)、中島イシレリ選手(LO)、山中亮平選手(FB)が、昨年に比べてそのパフォーマンスを大きく向上させたように思える。昨年までとはプレーの質が全然違うのだ。実にのびのびとプレーしていた。個々の努力が身を結んだことには違いないが、ただあれほどの変化はそうそう起こらない。彼らのパフォーマンスが飛躍したのはやはりカーター選手の存在があってこそだろう。「カーター効果」である。試合のタクトを振るポジションであるスタンドオフに、判断を間違えないカーター選手がいることで、他の選手たちは迷いなく安心してプレーできたのだ。

 もう一人、忘れてはならない選手がいる。そのスタンドオフにボールを供給する役割を担うスクラムハーフ(SH)の日和佐篤である。今季サントリーから移籍したばかりにもかかわらず、チームにフィットしていた。カーター以外でMVPを選ぶとすれば間違いなく彼になる。彼とカーターがつくるハーフ団が今年の神戸製鋼の生命線だったといっても過言ではない。ブレイクダウンからの素早いボールさばきが起点となり、他チームを凌ぐあの攻撃力を発揮できたと僕は思っている。
 司令塔と称されるスタンドオフというポジションに彼が鎮座することで明らかにチームが変わった。観ているこちらとしてもその興奮を抑えられないほど、見事なパフォーマンスだった。


 神戸製鋼の勝因は他にもある。それはウェイン・スミスが監督に、デーブ・ディロンがヘッドコーチに就任したことだ。ともにニュージーランド出身の彼らはボールを動かす戦術を徹底した。突進を得意とするフォワード同士で細かく短いパスをつなぐ戦い方を徹底したことで、活路を開いた。ニュージーランドスタイルともいうべきこの戦い方が、7連覇時代から継承されている従来の神戸製鋼が実践していた展開ラグビーとマッチしたのだ。

 昨今のラグビー界ではキックを多用する戦術が流行っている。前方へのパスが禁止されているラグビーでは、陣地の後退を余儀なくされるという点でパスには常にリスクが伴う。その上、落球(前方に落とせばノックオンという反則になる)する可能性がついてまわる。それに比べて手軽に陣地を稼げるキックはリスクが少ない。だからパスを駆使する戦術は、それらのリスクを顕在化させないために高度なスキルが求められる。つまりキックを多用する戦術は、リスクを取らない戦い方なのである。

 新しい首脳陣はあえてリスキーな戦術を選択した。リスクを顕在化させないためにパススキルを徹底的に向上させた。前述したフランカーの橋本選手が、高校時代よりもパス練習に時間を費やしたと述べていることからも、それがうかがい知れる。

 戦術はいわば下絵だ。より壮大な絵画を描くためのよりどころとなるのが戦術である。スミス監督はそれを実にシンプルな筆使いで描いた。まっさらなキャンバスに太めの鉛筆を走らせたその下絵を、個性豊かな選手たちが彩り鮮やかな色に染め上げて一枚の絵画に仕立てた。その旗振りをしたのが、カーター選手だった。

 ウェイン・スミス監督とカーター選手は2004年から続く師弟関係にある。
 カーター選手が来日するきっかけのひとつに、指導者として敬愛するスミス氏の存在があったのは有名な話だ。優勝後の記者会見ではスミス氏のことを「世界一いいコーチ」といい、「彼とともに戦えるのはラッキー」だという感想を口にしている。ジョークを交えながらの「彼のことなら何時間でも話せます」という口ぶりからは、いかに信頼を寄せているかが一目瞭然である。
 2011年、15年のW杯でオールブラックス(ニュージーランド代表の愛称)のアシスタントコーチを務めたスミス氏も、カーター選手には絶大なる信頼を置く。自ら描いた下絵に不可欠な「色」として彼の存在を認めている。彼らの強固な信頼関係が、長らく低迷が続いていた神戸製鋼を変化させたといっても言い過ぎではない。

 ヘッドコーチを務めたディロン氏もまたスミス氏に信頼を寄せる一人である。「内容をシンプルに伝えてくれる総監督」であり、その性格を「謙虚で、思いやりがある」と口にしている。彼のもとでヘッドコーチとして働けるのは誇りに思えるとも述べている。
 首脳陣が一枚岩であることと、首脳陣が描く戦術を深く理解して実際にグラウンドの上で着実に実践する選手がいること。この強みが今年の神戸製鋼を創り上げたのではないか。観客の興味を惹きつけたあの流れるようなアタックと強固なディフェンスは、こうして築かれた。


 絵画には額縁がいる。戦術という下絵に、バリエーション豊かな選手という色彩で完成した一枚の絵画を壁面に飾るためには、額縁がなければならない。
 額縁とはなにか。それはチームとしてのまとまりである。レギュラーではない選手や主務、トレーナーなどすべてのスタッフを含めたチームが、いかに一つになれるか。これはどのスポーツにおいても、あるいはどの共同体においても肝要、且つ難しい課題である。関わる者すべてにその共同体への帰属感を抱かせ、自らに与えられた役割に責任を持つように促すのは、言うは易く行うは難しである。
 今年の神戸製鋼はこれをやってのけた。

 スミス監督には、母国ニュージーランドだけでなくイタリアやイングランドのチームでも指導経験がある。それぞれのチームに固有の歴史や文化を尊重するその指導観こそが、神戸製鋼を「ワンチーム」にまとめ上げたのではないだろうか。

「私の哲学は、コーチはとても大事な存在だけど、自分たちが思っているほどに大事ではない、ということです。それよりも大きいのがチームの歴史、文化です。」

 コーチングが大切であることに異論はないが、歴史や文化はそのコーチングよりも大事だと氏はいう。これに関して実際に選手に送ったメッセージが次の通りである。

「まず、ラグビーを愛すること。それが第一で、次に大事なことは、ゲームは自分一人のものではなく、私たちみんなの物(ママ)なのだということです。自分が代表しているチームの歴史、そのチームの名誉がかかっているということ、誰のためにプレーしているのかを理解すること、試合はそのひとつの試合の勝ち負けではなく、未来に続く、歴史の一部を作っているのだということ。
 誰もがそれぞれの歴史をもっているけれど、『自分』ではなく『われわれ』という意識を持つこと。だから私は、自分の役割を果たし、自分が出せる力を出し切る、それが集団のためになるのだということを選手に伝えました。」

 新聞などのメディアでは、かつてのOBを招いての食事会を催し、製鉄所の工場見学を行うなどの試みを行ったことが報道されていたが、このスミス氏の言葉と照らし合わせるとその心はチームの歴史や文化を理解することにあったと思われる。過去の積み重ねがあるから今がある。今を知るためには過去を知らねばならない。グラウンド外でのこうした試みは選手たちにそれを自覚させるためだったのだ。不遇の時代から7連覇の黄金期、神戸淡路大震災後に連覇が途切れ、そのあと再び優勝するまでの歩み、あるいは母体である神戸製鋼所に勤める者としての矜持など、チームあるいは会社の歴史や文化を知ることでチームへの帰属意識を高め、選手一人一人が「われわれ」という自覚を持つためにスミス氏はさまざまな仕掛けを施したのだ。

「たとえ短い間でも、一度チームのジャージに袖を通したなら、そのジャージを次の人に渡す時には、ジャージを受け取った時よりも価値を高めて渡すのが選手の責任。それが、ニュージーランドのチームの哲学なのです。」

 今年の神戸製鋼が取り入れたのはニュージーランド流の戦術だけではなかった。その哲学すらも注入されていたのだ。グラウンドの中だけでなくその外側でも「芯」が通ったことで、あの圧倒的な強さは生まれた。 
 彩られた下絵に額縁がはめ込まれた「今年の神戸製鋼」という絵画は、こうして完成した。


 最後に、注目すべきスミス氏のコメントをいくつか紹介して筆を置きたい。

「ラグビーというのは、お互いを尊敬しあい、お互いのためにプレーをする、という文化が残っているユニークなスポーツだということです。」

「もうひとつ、呼びかけてきたのは、選手全員が感動できるゲームをしようということ。それは、選手全員をゲームに巻き込むということです。1チーム15人の選手全員のインスピレーション(ひらめき)を生かす。だからスクラムを組んだらペナルティを狙って、ペナルティキックをもらったらタッチに出して……というような機械的な決めごとでゲームを進めるよりも、選手自身がクリエイティブに判断してプレーしているところ、エンジョイしているところを見るのが好きなんです。」

「私は、勝ち負けにはあまりこだわらないんです。もちろん勝つことは常に目標ではあるけれど、それは結果であり、先のことです。それよりも私が興味を持っているのは、選手自身がクラブのために、仲間のために、ファンのために何ができるのか。フィールドでどれくらい、活力をみせることができるのかということです。」

 最初のコメントではラグビーというスポーツの特異性が、次の二つは、型にはまったそれではなく選手のひらめきを重視した戦い方を重視し、勝ち負けにこだわらず選手自身が感動するゲームを目指すという自身の指導観が語られている。
 こんな指導者のもとでプレーしたらどれだけ楽しいことだろう。ようやく吹っ切れたはずの現役への未練が、また沸々と湧いてきたのはここだけの話である。

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