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平尾 剛

平尾 剛/スポーツ教育学者

元日本代表ラガーマンが書き下ろす「スポーツは、だから面白いし飽きない」。 読めばもっと身体を動かしたくなる、面白いゲームが観たくなること必至。

第22回 ラグビーW杯日本大会が閉幕!

 朝早くに目覚めて、仕事に行く。週末になれば妻と1歳の娘を連れて街に出かけ、お気に入りの店で買い物をしたり旨いもんに舌鼓を打つ。あるいは散歩がてらに近所を散策する。
 11月2日を過ぎると、いつもの静かな日常生活が戻った。安堵感が心に広がると同時に、一抹の寂しさを感じているのが正直なところだ。

 それは、9月20日に開幕したラグビーW杯がこのほど閉幕したからである。

 44日間にわたって熱戦が繰り広げられたこの期間は、仕事をしながらもどこか心が躍っていた。予選プールのあいだは数日ごとに試合が行われるため、その結果が気になり仕事が手につかない日もあった。講義や会議を終えて研究室に戻るや否や、パソコンで試合結果をチェックしたり、仕事を終えて家に向かう電車内では、スマホで試合のダイジェストを観たりもした。たまの休日には、たとえ外出していても試合時間に合わせて帰宅し、妻の作ったアテを肴にビールを飲みながら観戦に興じた。

 スポーツの試合はリアルタイムで観るのが望ましい。今までずっとそう思ってきたが、このたびあらためてそれを実感した次第だ。そもそもこれだけネット環境が充実した社会では、試合結果を知ってしまわないように情報を遮断するのは難しい。電車内の電光掲示板にはレイテストニュースが流れるし、メールやラインをチェックしようとスマホを覗けば速報ニュースが不意に目に入る。

 数々の情報がもたらされることで得られる便利さはよろこばしいのだが、こちらが望まない情報を唐突に届けられたときには、なんともいえない押しつけがましさを感じる。とくに大会期間中はそうだった。試合に関わることをよかれと思ってラインしてくる友達も、このときばかりは余計なおせっかいでしかない。情報化社会も、いき過ぎれば考えものだよなと思う。

 今の僕が感じている寂しさは、祭りが終わったあとのそれだ。どこか浮ついた気分で過ごした非日常が終わりを告げ、そこからまた日々の営みに粛々と向かうなかで、ふとした拍子にあの試合やこの試合が思い出される。祭りが盛大であればあるほど、その反動は大きくなる。

 アジアで初めて開催された通算9回目となるラグビーW杯が、大方の予想を裏切って大盛況だっただけに、そのあとの気分の落ち込みが凄まじく、今はどうしようもない寂寞(せきばく)にみまわれているというわけである。

 その気持ちを吹っ切る意味でも、ここであらためて今大会を振り返ってみようと思う。


 今となれば嘘みたいな話だが、大会が始まるまでは、ラグビー先進国とはいえない日本で開催されるW杯だけに盛り上がりに欠けるのではないかという懸念が、関係者のあいだで広がっていた。

 一度も決勝トーナメントに進出したことのない国がホストを務める大会では、観客が集まらないのではないか。ルールが複雑なラグビーは、それを知る経験者や長らくのファンでなければ楽しめず、初心者にとっては敷居が高いのではないか。海外から渡航してくる目の肥えたファンだけでスタジアムが埋まるはずもなく、望むような成功を収められないかもしれないと危惧していたのだ。

 御多分に洩れず、僕もその一人だった。だから大会前は、各地で開催された初心者向けのトークイベントや講演に積極的に足を運び、ルールの説明やラグビーが内包する文化の特異性について口角泡を飛ばした。聞くところによれば、現役選手をはじめ元日本代表や経験者の面々もまた、こうしたイベントを開いていたようである。我らが愛するラグビーを広く知ってもらうために、とくに今まで知らなかった人たちに届けとばかりに、各々が汗を流していたのである。

 だが、いざ開幕してみれば、みなさんもご存知のように大盛況となった。まことにうれしい誤算である。

 僕たちがラグビーの普及を目指して草の根的に活動していたことも、今大会の成功に幾ばくかは奏功したとは思う。だが主因はやはり、日本代表の快進撃にある。ジェイミー・ジョセフ監督率いるジャパンが、史上初の決勝トーナメント進出を成し遂げたこと。これが最大の功績だったのは言うまでもない。

 多国籍の選手がまとまり「ONE TEAM」になったジャパンの戦い振りに、日本中、いや世界中が熱狂した。ラグビー伝統国のアイルランドとスコットランドから勝利を収め、全勝で予選を突破したという事実は、日本だけでなく世界のラグビー史に新たな1ページを刻み込んだ。今大会のジャパンの歩みは、これからもずっと僕たちの記憶にとどまり続けるはずだ。

 ジャパンが戦った予選の4試合すべてを、僕はスタジアムで観戦した。スポーツの研究者として、あるいは元日本代表として、事の成り行きをこの目で見ておかねばという、必要に駆られる部分は確かにあった。メディアから取材を受けたときにきちんと応えるため、あるいはラグビー関連のテクストを書く際に参考にしたいという打算ももちろんあった。だが、チケットを購入した動機はそれだけではなかった。「仕事」というよりも、むしろ自国開催のW杯を一ファンとして楽しみたいという強い衝動に突き動かされたのだ。

 前回のイングランド大会では、ジャパンは南アフリカから「スポーツ史上最大の番狂わせ」を起こした。にもかかわらずスコットランドに敗戦し、勝ち点差で惜しくも決勝トーナメントに進めなかった。その悔しさを胸に、悲願の決勝トーナメント進出を目標に掲げて臨んだ今大会のジャパンを、ファンの一人として見届けたい。この気持ちがぬぐい難く心に鎮座していた。

 僕が日本代表だった時代には遥か高くそびえ立ち、まるで乗り越えられないように思えた目標に今、手がかかっている。そこに挑みかかる後輩たちの姿を目に焼きつけたい。その一心から、仕事の合間を縫ってスタジアムに足を運んだのである。


 では、それぞれの試合を概観してみる。
 開幕戦となったロシアとの試合は、ホームアドバンテージが裏目に出て、完全ホームが醸し出す「いいところを見せないといけない」という逆のプレッシャーを選手たちが感じていたように見えた。開始早々にキャッチミスを突かれてロシアにトライを奪われた。嫌な予感が漂ったが、すぐにジャパンは落ち着きを取り戻す。4トライを奪い、ボーナスポイント1を上乗せしての開幕戦勝利を手繰り寄せた。薄氷を踏む、というのはいささか大げさだが、まずは無難にスタートを切れたことに安堵した。

 2戦目のアイルランド戦はラグビー史に残るゲームとなった。大方の予想を裏切って、世界ランク2位(当時)の相手に堂々たる内容で勝利を収めたのだ。
 この試合でもっとも印象に残っているのは前半35分のシーン。トンプソンルーク選手と中村亮土選手のダブルタックルでアイルランドの攻撃を寸断したあとの相手ボールスクラムを、ジャパンは力強く押し込んでペナルティを奪った。頑健なフォワードを擁するアイルランドはスクラムを得意としていた。相手のお株を奪って押し勝った瞬間、僕は思わず腰を浮かせて拳を突き上げた。声も出た。もしかして番狂わせが起こるかもしれない。そう直観した。

 3点のビハインドで迎えた後半19分。ついに福岡堅樹選手が逆転のトライを決めた。この劇的なシーンは今でもはっきり目に焼きついている。ラストパスを放ったラファエレティモシー選手、そして彼につないだ中村選手が秀逸だった。もっといえば、その中村選手につないだスクラムハーフ田中史朗選手のパスも絶妙で、福岡選手にボールが渡るまでの一連のパスに一切の無駄がない。情況を打破するためにはここしかないというタイミングで各々がボールをつないだこのトライを、僕は今大会のベストトライに挙げたい。

 3戦目のサモア戦は白熱の戦いとなった。戦前の予想はジャパン優位だったが、勝たなければ決勝トーナメント進出の目がなくなるサモアは、持ち味であるフィジカルの強みを前面に押し出し、タックルやブレイクダウンで執拗にプレッシャーをかけてきた。ボーナスポイントを獲得するため4トライ以上を奪っての勝利が望ましいジャパンは、そのプレッシャーを受けてなかなかトライにまで至らない。後半5分にサモアにペナルティゴールを決められた時点で、リードはわずかに4点差。

 勝利すらも危ういムードが漂ったが、ここからジャパンは底力を見せる。14分、36分にトライを決め、ロスタイムに入ると、最後は今大会絶好調の松島幸太朗選手が値千金の4トライ目を奪った。

 あとがないサモアとベスト8という悲願達成を目指すジャパン。双方の意地がぶつかり合う壮絶な試合だった。
 そうして迎えたスコットランド戦。前回大会で10−45で大敗を喫し、ジャパンの決勝トーナメント進出を阻んだ因縁の相手である。
 ここまでの勝ち点で優位に立つジャパンは、「引き分け以上」でベスト8に進出できる。あるいは「4トライ以上を取れば7点差以内の負け」でも予選通過が果たせる。

 圧倒的に有利な条件下で始まった試合は、開始早々に相手のキーマン、フィン・ラッセルにトライを奪われる。またまた嫌な予感がした。だがここでもすぐに立て直しを図り、18分に松島選手が鮮やかにゴールラインを駆け抜ける。26分には、いくつもの「オフロードパス」がつながった稲垣啓太選手の、あのトライが生まれ、続いて40分にはティモシー選手のキックパスを巧みなハンドリングでキャッチした福岡選手がインゴールにダイブした。

 さらに後半早々に、またもや福岡選手が相手ボールをもぎ取って、そのままゴールの真下にトライ。4トライを奪ってボーナスポイント1を確定させた。
 これでスコアは28−7。先に示した予選通過の条件と照らし合わせると、8点差以上で勝たなければならないスコットランドは36点以上が必要となる。つまり最低でも29点を後半だけで奪わなければならないわけだ。決勝トーナメント進出を考えると、この時点で勝負はついたといっていい。

 だが、それでも諦めないスコットランドはここから驚異的な粘りを見せる。試合のテンポを上げてアタックに勢いを作るべく、素早くボールを動かしてジャパンを攻め立てた。後半10分、15分と立て続けにトライを奪ってスコアは28−21になった。引き分けでも、条件付きの敗戦でも決勝トーナメントに進めるとはいえ、ジャパンにとっては前回大会で苦杯をなめた相手だけに、きっちり借りは返しておきたい。

 以後の時間帯は、伝統国としての矜持を示したいスコットランドと、ケリをつけたいジャパンとのせめぎ合いが続いた。ここでもまた互いの意地がぶつかり合った。スコットランドの執拗なアタックと、それを懸命のタックルで阻むジャパンが繰り広げたこの攻防は、見ごたえ十分だった。

 結果はご存知の通り、ジャパンがスコットランドの猛攻を凌ぎ切って勝利した。予選プールを全勝して、史上初の決勝トーナメント進出を決めたのである。
 このスコットランド戦から1週間後に行われた準々決勝では、のちに優勝することになる南アフリカと対戦した。前半こそ3−5で食らいつくも後半に入ると点差を広げられ、最終スコアは3−26で敗戦を喫した。
 こうしてジャパンの快進撃は、終わった。


 繰り返すが、今大会の成功はこのジャパンの快進撃がなければありえなかった。「にわかファン」と呼ばれる人たちを虜にしたのも、彼らの奮闘があったからだ。ラグビーはオモシロい。日本社会にそう印象付けた彼らの功績は計り知れない。家族と過ごす時間を削ってまでラグビーに打ち込んだ選手やスタッフの努力に、あらためて敬意を表したい。

 ただあらためて考えてみると、母国の躍進だけでここまでのブームが巻き起こるものだろうか。日本代表がラグビー伝統国に肩を並べるまでに強くなったという事実は、それまでの過程を知る経験者や長らくのファンにとってみれば驚嘆すべきことではあるが、これまでラグビーに興味が湧かなかった人たちからすれば、それほどでもないはずだ。母国が強いことに越したことはないが、それでもW杯で優勝できるほどには至っていないのだから、善戦したことに共感できたとしても、ラグビーに「ハマる」ことはないだろう。

 これまでの日本では、ラグビーはマイナースポーツの域を出なかった。僕たち経験者や愛好家がどれだけ勧めても、ルールが難しくてよくわからないとはねのけられてきたラグビーに、これほどたくさんの人たちが「ハマった」のはなぜか。

 それはラグビー文化に触れたからだろうと思う。ジャパンの快進撃を通じてラグビーに興味を抱いた人たちは、これまでラグビーが育んできた数々の文化を目の当たりにした。

 たとえば試合が終わったあとに両チームが互いの健闘を称え合うシーン。あるいは、贔屓チームが異なるにもかかわらず隣り合わせで座る観戦スタイル。試合後に相手チームのファンから祝福の言葉をかけられ、選手だけでなく観客同士にも「ノーサイド」の精神が共有されていることを体験した人も多いだろう。

 ラグビーでは危険なプレーや重い反則を犯せばイエローカードが提示され、シンビン(10分間の一時退場)になる。レフリーからカードを目の前にかざされてシンビンを宣告されても、ほとんどの選手は反抗する姿勢をみせることなくグラウンドを去る。その姿に潔さを感じた人もいただろう。

 またレフリーは試合中にキャプテンをはじめ選手とよくコミュニケーションをとる。これは試合がスムースに運ぶような配慮であり、その意味でラグビーのレフリーは「指揮者」の役割を果たしている。

 起きた反則に対して淡々と笛を吹くのではなく、できる限り反則が起こらないよう事前に注意を促している。試合の流れを滞らせないために、同じ反則を繰り返しているチームには警告を発したりもする。これは、あまり笛が吹かれない試合こそが選手にとっても観客にとってもエキサイティングなゲームであり、それを目指して両チームの選手とレフリーが協力しているからだ。レフリーへの敬意をなにより大切にしているのもまた、ラグビーの特徴である。

 まだ他にもある。
 試合を終えた選手たちが観客席に向かってお辞儀をするシーン。日本では当たり前のこの行為も、諸外国からすればそうではない。だが、この大会では日本以外のチームも「お辞儀」をした。予選プールで南アフリカとの試合を終えたニュージーランドが、観客に感謝の意を込めて日本流の一礼をしたのがきっかけとなり、他国にも広がっていった。キアラン・リード主将の、「オールブラックスのジャージを着ていた人たちがたくさんいた。できるだけ多くの日本の人とつながることは大切」というコメントが胸をつく。

 このたび流行語大賞の候補にノミネートされた「ONE TEAM」は、国籍や出自が違っても一つのチームになれることを示唆している。ジャパンには日本国籍以外の選手がたくさん含まれていることは、すでに周知の事実だろう。日本以外のほとんどの国もまた多国籍チームである。代表条件に国籍を用いないことをルールで規定しているラグビーは、多様性が求められる現代社会での振る舞い方を先取りしているとはいえないだろうか。ラグビーは、たとえ国籍が違っても一つになれるというメッセージを発信していると僕は思う。


 ここまでざっと思いつくままに羅列してみたのだが、つまり言いたいことは、こうしたラグビーが内包している文化的な側面こそが、このたびのラグビーブームを巻き起こしたのではないかということである。ジャパンの快進撃をきっかけにして、ゲーム性の背後に広がるラグビー文化に気づいた人たちがたくさんいた。ノーサイド精神、分断を避けてつながりを大切にする、立場が違う者へのリスペクトを忘れない、勝敗という結果よりも試合内容というプロセスを楽しもうとする観戦スタイルなどのラグビー文化に共感したからこそ、「ハマる」としか表現し得ないほどの熱狂が生まれたのだと僕は思う。

 決勝戦でイングランドを下し、W杯通算3度目の優勝を収めた南アフリカの主将は黒人だった。南アフリカ史上初の黒人主将シヤ・コリシ選手は、「私は黒人の子どもたちだけでなく、あらゆる人種の人々を鼓舞したい。恩返しがしたい。すべての南ア人のためにプレーする。我々は想像以上に大きなものを代表している」と口にした。

 つながりをつくる、あるいは取り戻す。より包括的な概念を希求する。
 これがラグビー文化の根幹にある。その一端に触れて心を動かされた人たちが、これほどたくさんいた。長らくラグビーに携わってきた僕としては、それがなによりもうれしい。
 ここにスポットライトを当ててくれた日本代表、そして参加国すべてに対して、あらためて感謝の意を表したい。本当にありがとう。

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