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平野 愛

平野 愛/写真家

その日の記憶を文字だけでなく写真と一緒に残せたらどれだけ素敵だろうか。 身の回りの「残像」を積み重ねていく楽しさを書きとめていきます。

第22回 積み上がる、20年分のネガフィルム

 ちょっと春、遅くないですか。猛スピードで3月中には桜が満開になっているイメージだったのだけど、まだこれからという感じ。あれ?という雨風が続いている。寒い。

 3月31日には日本中の大勢の人が「平成最後の日」と勘違いしていて、“違いまっせ”とわざわざニュースになったりしていた。自分もちょっとだけ間違っていた一人だったし、なかなかこう、スっといかない今日この頃。

 そして、新しい元号が今朝11時半頃に発表された。私で言えば、昭和に生まれて、平成をまるっと生きて、今度は「令和」という時代を生きるらしい。新しい環境に馴染みにくい体質は、すでになんども書いているとおり。当然新しい元号にも、ホーとなっている状態である。じっくり30年くらいかけたらまた馴染むんだろう。じっくり待とうと思う。

 季節が暖かくなるにつれ、家も仕事場も毎年何か一つは変化していることがこの連載を読み返して気づいたことだが、今年は元号も変わるということもあってかなくてか、過去最大規模の物量と戦う日々を過ごしている。いや、過ごそうという手前を過ごしている。


 今回は何事かというと、はい、ざっと20年分のネガフィルム。

足の踏み場もない!
足の踏み場もない!

 20歳の頃、芸大生をしながら仕事をスタートしてからこれまで、フィルムカメラを使った撮影をベースにやってきた。故に、デジタルとは違ってモノとして存在する写真のデータベースが次から次へと貯まる。それを一度、全体像を見てみようということになり、別の場所に借りている倉庫から全てを仕事場に持ち込んでみたというわけだ。

 こういうのを「見える化する」とか言うんだろうか。いや、全然見えてないわ。足の踏み場もないわ。で、ホーと立ち尽くして一歩も前に進めない。

 夫とアシスタントがこうしてここまで何往復もして運んでくれて、ここから先は私にしか判断ができないという段階のギリギリまで整えてもらった。本当にありがたく、どうにかせねばならぬと自分を奮い立たせてみようと、ひとまず椅子に腰掛けつつ昔のスクラップブックを開けてみた。

 整理収納といえば、今やニューヨークセレブでNetflixの番組でも大人気のあのこんまり(近藤麻理恵)さんみたいに、捨てる捨てないを「ときめき」で決めていけたりしたらどんなにいいだろうか。無理だ。ちょっとした記録資料、例えば新聞の切り抜き一つにも思い出が蘇ってきてしまう。よって、全部にときめいてしまうし、自分から捨てることは絶対にない。


 ならばと思い浮かんでくるのは、一昨年手に入れたドキュメンタリー映画『写真家ソール・ライター 急がない人生で見つけた13のこと』(2012)のDVD。1950年代に第一線のファッション誌で活躍するも、80年代に突如、「有名人を撮るよりも、雨に濡れた窓を撮るほうが、私には興味深いんだ」と姿を消した伝説の写真家だ。
熱心に撮影を依頼した監督の前で、88歳の彼は終始嫌そうで、何だかんだブツブツ言っている。そんな濃いめのキャラクターの彼の家には30年分のリバーサルフィルムが積み上がっているのだ。その風景が、まさに今自分の目の前のような状態なのだ。

 そこで彼はビデオカメラに向かって、こんなことをぼやく。「この膨大な量のフィルムや資料を整理したい」と。それには驚いた。あぁ、そうなのか。88歳となっても、整理したいのか、と。映画の中で、彼とそのアシスタント(?)の女性は、じわりじわりと整理を始めていく。いや、整理というのかモノの移動というのか。見ていると、あっちからこっちにほんの数センチとか数メートル動いただけのような作業が繰り返し映し出される。

「人生で大切なことは、何を手に入れるかじゃない。何を捨てるかということだ」

 なんてことも言うのだ。ほとんど捨てないのに!

 昔の恋人の写真、家族の遺品、もちろんフィルム一つひとつ、そっと出してはまたそっと閉じる姿。あぁ、なんだかとても愛おしい姿。そして、勇気づけられるものがあるのだ。よし、決めた。

 思い出は残してよし、としよう。

 これまで冷暖房完備、湿度も管理された倉庫でカビ一つ生えずに残してこられたモノたちだ。概ねプロジェクトごとにはまとまっている。それだけでもちょっとは希望がある。写真そのものには関係ないかもしれない、新聞の切り抜きもいいじゃないか。置いておいて。宇宙の記事、街の事件の記事、友人が医師国家試験に合格した時の記録、本人さえ残していないというその時大事にしていた事柄は、20年経っても色褪せない。むしろここから物語が始まりそうだ。

 まずは西暦順に箱に分けて入れよう。順番に並べられる棚を完備しよう。道を作ろう。ソール・ライターよりは、もうあと少しだけ動かそう。

 平成最後の日までに。

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