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かぞくのカタチ

家が職場、職場が家

三島邦弘

三島邦弘(ミシマ社代表 編集者)
今をときめく出版社「ミシマ社」のオフィスは会社というより家である。
なぜ「家」なのか? 家だと何が違うのか? へっぽこ代表兼編集者のコラム。

かぞくのカタチ

家が職場、職場が家

第18回 そして、ニノ金はいなくなった。

 この夏、イタリアに行ってきた。観光ではない。旅人に戻ったわけでもない。
 合気道のお稽古をするために、である。今年88歳になられる多田宏師範が、毎夏おこなっておられる2週間にわたる講習会の前半に参加してきた。La Spezia(ラ・スペツィア)というイタリア中部の港町に約1週間滞在した。

 8年半前、ぼくは多田先生が半世紀以上も前に開かれた自由が丘道場の門を叩いた。以来、先生に師事している。京都に自宅を引っ越してからは、(同じ多田塾の系列である)内田樹先生の凱風館へ移ったため、多田先生に直接お会いする機会はずいぶんと減った。が、その分というか、多田先生の合宿や講習会に参加するようになり、その一回のお稽古から吸収する密度は増したように思う。

 それだけにイタリアでの講習会参加は、悲願であった。
 1週間、月曜から土曜の午前までお稽古をした。
 それだけをした。と言ってもいい。
 夢のような1週間だった。残念なことに、こう表現する他に適当な持ち合わせがない。
 そこで得たもの、感じたものは、生涯の宝物になるだろう。
 直感的にそのことがわかった。

 ただ、それをここで書くことは手に余る。どころか、全身にも余る。雲に包まれたり、大海のうえにぽつんと浮かんだりしたことを想像してほしい。その雲が、海が、いったいどんなものか、を誰かに伝える。そんなことが果たしてできるのか。せいぜいできたとしても、顔のあたりにひんやりした空気が流れた、塩っぽい味がした、といったごく一部のそのまた一部の微細な感想を述べるのが関の山だ。

 あまりに壮大なスケールの何かに触れ、そしてどっぷりと浸った1週間だった。
 おそらく、折にふれ、あるいはふとした瞬間、その「壮大なスケールの何か」の断片が手のひらに浮かびあがってくる。そんな予感がある。そのとき初めて、すこしだけ表現できるのかもしれない(あるいは、まったくできないかもしれない。それはどちらだって構わない)。

 とにかくいまは、じっと温めるときだ。
 感じることができるときに感じておかないと。
 あまりに壮大かつ透明な「何か」は、気が減じた瞬間、はるか遠くへ行ってしまいかねない。

 その意味でいま、イタリアでの経験の核を書くことはむずかしい。
 だけど、その周辺の周辺、最縁部からの発見なら語ることができそうだ。
 たとえば。
 La Speziaの街には、お昼寝タイムがあった。シエスタというやつだ。
  お昼から夕方にかけて、見事なまでにお店が閉まる。暑いし、昼寝でもしようぜ。近代に入って、誰かがそう言って始まったのか。それとも、ローマ帝国の頃からの名残なのか。実際のところはわからないが、陽射しのきついイタリアの地にあって、実に理にかなった習慣だ。

 暑いときは寝ればいい。なにも無理して働くことなんてないのさ。
 実際、人々が活動するのは、日が落ちてからだった。
 教会前にある広場に人びとが集りだすのは、夜の9時以降。夕食を終えて僕たちがホテルに戻る道中に広場はあるのだが、毎晩、10時、11時に、子どもたちがサッカーをしたり、自転車をこいだりしていた。「深夜感」など微塵もなかった。

「君たち何時だと思ってるんだ!」と怒鳴る大人などもちろんいない。大人も一緒に遊んでいることもあったし、赤ちゃんを抱いた若い女性がベンチに腰掛け乳を与えている姿も見かけた。
 暑い時間は休み、涼しくなってから動く。自然の営みに沿った、じつに自然な行動だと思った。
 以上、時間の話。

 もうひとつ、空気のことを話してみたい。つまり、気候のことだ。
 お昼間、暑くて昼寝をする。くらいなわけだから、いったいどれほど暑いんだ。そう思われて当然だが、体感的にいえば、たしかに暑いことは暑い。とくに、陽射しのきつさと言ったら半端ない。日陰から日向に入った瞬間、ジリリと肌が焼ける音が聞こえてきそうなくらいだ。それでも、だ。
 断言できるのだが、日本のほうがはるかに暑い。東京であれ、京都であれ、周防大島であれ、この夏滞在したどの地であれ、日本のほうが断然暑かった。La Speziaの暑さは、しょせんは陽射しによる暑さに過ぎない。湿度による暑さがまったくないのだ。
 地中海性気候と言われるものなのだろうか。
 とにかく、カラッとしていて、不快指数と言われるものを感じたことはあまりなかった。
 以上、空気の話。
**
「なーにが働き方改革やねん。
 わしも長時間労働はどうかと思う。しかし、やな。『いい仕事をする』にはどうすればええねん。
 時が経つのも忘れて仕事に没頭する。『いい仕事がしたい』と思う人であれば少なくとも一度や二度は体験したことあるやろう。
 技術を上げる。仕事が練りこまれる。
 そういうことは、どうすれば実現できるの? 時間を短くして、ほんまにできるの?
 そこの議論ってあるんですかい」
**
 イタリアに行く前のぼくに、こういう「関西の小うるさいオッさん社長の妄言」が皆無だったとは言いがたい。
 仮にも、出版社を10年以上つづけてきて、3年連続で新卒採用をしたこともある。その実感から言えば、最初の1年は、出版社の仕事をするどころの話じゃない。
 技術が身についていないから。ではない。
 それ以前の問題で、「そこでその仕事をする心身」にまったく至っていないのだ。
 端的にいえば、なめている。

 たとえば、農家さんのところに数日農業研修をさせてもらったとする。「どうぞ、食べてみ」と言われ、採りたての野菜を齧らせてもらう。そしてその場で、「うわ、まずっ」と言ってしまう。そのアカンさだ。もっといえば、それが「アカンこと」だと自己認識できないことの痛さだ。

 何がだめなのか。逆に、何を積極的にするほうがいいか。
 適切な場に自らを置き、そこで適切な行動をとる。
 これを教え込むのはたいへんにむずかしい。くりかえすが、たいへんにむずかしい。
 しかし、それが身につかないことには、その分野の仕事ができることはない。表面的にはその仕事をなぞることはできても、半永久的にできないまま、と言っていいかもしれない。

 そんなことはない、「俺は(私は)できる」と思っている段階で、なめてる心身から抜け出せていないと言える。
 ぼく自身の20代を振り返っても、自社のメンバーたちをみても、例外なく、こういう時期を経ている(怖いのは、抜け出せないまま、歳を重ねてしまうことだ)。
 だけど、イタリアの「時間」と「空気」の両方に触れ、自戒の念がこみ上げてきた。先の「関西の小うるさいおっさん社長」に、「待った!」をかけたい自分がいる。
 たしかに、「いい仕事」をしたい。いい仕事をつづけていきたい。
 こと仕事に関しては、その一念しかない。
 ただし、その実現のしかたは、けっして「ニノ金劣化モデル」ではないはずだ。

 ニノ金劣化モデル――。
 それは、長年日本人の学びの範とされてきた二宮金次郎さん、その劣化版をさす。
 二宮金次郎についてはここで詳述するまでもないだろう。今はどうかわからないが、二宮金次郎像は、戦後の約半世紀近くにわたって、日本中の小学校の校庭にかならずあった。薪を背に本をもつ。その姿に、かつての日本人は刻苦勉励のたいせつさを学んだ。
 コツコツ、コツコツとわずかなスキマ時間を見つけて勉強しましょう。

 この価値観に対して真っ向から異を唱えるのは、現代でさえむずかしいのではないだろうか。それは違うよ、と子どもに対して説くことのできる大人はどれほどいるだろう。どんなちゃらんぽらんな親であっても、二宮金次郎がごとく勉学に励むわが子に「なにやっとんじゃ」と言いはすまい。
 それほどに、ニノ金モデルは日本人のなかに浸透している。

 その浸透したかたちの最たるものが、「寸暇を惜しむ」と「何事も我慢してがんばる」の二つではなかろうか。
 どれほど暑くても昼寝タイムなど設けず、どれほど蒸し暑くても我慢してがんばる。
 この夏の日本の日常をすこし覗いてみれば、この光景に出会うのに数秒もかからないにちがいない。
 その類を見ないニノ金モデルの実践によって、日本は経済的に発展を遂げてきた。という一面はあるだろう。

 だが、この数十年、その本質を離れて、矮小化した価値観がものすごい勢いで浸透していったように感じている。
 一例を挙げれば、「寸暇を惜しむ」は信号待ち時間でさえスマホをつい見る、歩いてるときにも(はまだましで、近頃は自転車に乗りながらも!)スマホを見る、いじるという行為となって。「何事も我慢してがんばる」は、亜熱帯気候に近い暑さの日でも、それを「感じない」ことにして、表面的な「きっちり」を守ろうとする行為となって。真夏の真っ昼間の地下鉄に乗れば、不快感あらわに、むずかしい顔をして、スマホをいじっている中年たち、若者たちがわんさかといる。酷暑に耐え、ほんとうによく働いている。 きっと得意先に対しても、「きっちり」仕事をこなしているのだろう。

 だが、ひとたび地下鉄に乗るやいなや、スマホ片手に傍若無人。自分の苛立ちを隠すことなく表情に出し、スマホから漏れ聞こえる音に対してもゲームに没頭するあまり激しくボタンを押す行為に対しても、そ知らぬ顔。なぜならいまは仕事じゃなくて、オレのプライベートタイムだから、と言わんばかりに。
 高齢者が目の前にいてもどかっと席に座ったまま平然とスマホいじりをつづける若者および中年、「いかなる」話題であれ反射的に気の利いたコメントを言う文化人とそれを求めるメディア、しかり。

 ニノ金モデルの劣化版と言ったのは、少なくとももともとのニノ金モデルは、「こういうこと」ではなかったはずだからだ。
 刻苦勉励の先には、我が身を立てるという目標があっただろう。そして、我が身が立つには、自分の器量が大きくならないことには始まらない。口下手であろうがなかろうが、お金があろうがなかろうが、他者に開かれ、他者を受け入れる度量があってこそ人物。そんな前提があったように思う。

 ところが、劣化版で実践されていることといえば、 「寸暇を惜しんで自分の殻に閉じこもる」、「がんばるためには、自分の感度を麻痺させてしまう」、である。どれだけの時間とエネルギーをそこに注ごうとも、器が大きくなることは決してない。
 真夏の地下鉄に二宮金次郎はいやしないのだ。
 あるのは、わが身かわいさの姿だけである。

 結局のところ、僕たちは長い時間をかけて、自分さえよければいい、という人たちを大量生産してきたのだろう。
 個人としての僕は20代の頃からずっと「劣化版」の実践者であったし、出版人としての僕は劣化版を拡散・強化する加担者であった。
 具体的には、「すぐに役立つ」本をつくることによって、「即効性」しか求めようとしない読者づくりに加担した(もちろん「すぐに役立つ」は、「すぐに役立たなくなる」わけで、読者は新たに役立つものを求めるようになる。そうして消費のサイクルを短くすることで出版業を自転車操業的に成り立たせようとした。という話は別の話。いずれまた)。

 11年前、「原点回帰」を掲げたのは、加担者であることに違和感をおぼえていたのは事実で、自分なりにそこから脱却しようとしていた年月だったように思う。ちなみに、同時代を生きる同世代の人たちがそれぞれの分野で、そのもがきをされてきたのを最近知ることができ、とても励みになった(ライター業の世界では木村俊介さんが、著者『インタビュー』のなかで「はりぼて化」(外見だけを取り繕った情報とそのコピー化・増殖化)への対抗を全編を通して書かれた。またデザインの世界では、寄藤文平さんの近著『デザインの仕事』に同様の視点が見られる)。
 
 個人としては、昨年の夏にスマホを手放し、ちいさな抵抗をしてきてはいる。
 だけど、脱スマホなど、見事なまでに表面的な変化にすぎない。しょせんは中途半端だった。
 その気づきが、この夏のイタリアでの発見のひとつである。

 もう、完全に訣別していい頃だ。

 いい仕事をしていく。いい仕事をつづけていく。

 時間と空間の単位を「自分」へと縮小化する。ということから離れて、もっと大きな自然の流れのようなものに時間と空間の両方を委ねてみていいのではないか。
 そのためには、原点回帰と掲げたことを、ぼく個人の日常にも実践していくしかないだろう。
 たとえば、呼吸のしかたひとつをとっても、見直してみる。ごはんの食べ方も、寝方も、電車で過ごし方も、丁寧にモニタリングしてみる。
 そういうことから始めるしかないのではないかと思っている。


 そういえば、ぼくが卒業して10数年後に、ぼくの母校だったところから二宮金次郎像はなくなった。学校ですらなくなっていた。
 とっくに範は、消えていたのだ。文字通りに。にもかかわらず、その名残としての劣化版を無意識のうちに求めていたのかもしれない。
 範がなくなったのであれば、自分の内側をモニタリングするしかない。その前段としてそういう時間をつくっていかなければいけない。

 いつの日かつかんだ、ぱっと輝くような光の束。
 そういう体験をした子どもの頃も、イタリアでの時間も、ぼくの中にしっかり宿っている。そしてそれらとアクセスする感度は自らの身体を使うしかない。
 スマホにもパソコンにも他者の中にもそれらはけっしてないし、代わりにアクセスしてもくれない。
 確かなのは、劣化版をつづけていると、自分の中に「ある」ものにさえアクセス不能になることだ。
 1週間、完全に劣化版生活から抜け出してみてはっかりとわかった。
 La Spezia体験の周縁部から、いま言えることはこれくらいだろう。

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かぞくのカタチ

三島邦弘
ミシマ社代表 編集者

1975年京都生まれ。京都大学文学部卒。2006年10月に東京・自由が丘に単身、株式会社ミシマ社設立。「原点回帰」の出版社を標榜し、一冊入魂の出版活動に全国の書店員に支持者が多い。現在、京都市内にもオフィス兼「ミシマ社の本屋さん」(毎週金曜日のみ開店)を運営。著書に『計画と無計画のあいだ』(河出書房新社)、『失われた感覚を求めて』(朝日新聞出版)。 twitter:@mishimakunihiro

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