SUMUFUMU LAB 住ムフムラボ

COLUMN コラム

各界の人気コラムニストが豊かに生きるコツを伝授します

かぞくのカタチ

動物という家族

小林明子

小林明子(ライター)
物心ついた時から家には動物がいて、ペットというより「家族」だった。
一緒に暮らすのは大変だけど、意外な発見の連続で離れられなくなる。

かぞくのカタチ

動物という家族

第20回 さようなら、そして、こんにちは。その2

 さわろうとした瞬間、私の手に鋭い爪をひっかけて流血させたアンドレ。半年近く面倒を見てきた動物愛護センターのお兄さんにさえ爪を切らせることはないと知り、手ごわい相手かも、との予感は的中。アンドレを見守る日々が始まった。

 正式に申し込んでから1週間ほどで、動物愛護センターを管理する自治体から許可が下り、10月半ばの昼前、小雨が降る中、息子と一緒に車に乗ってアンドレを迎えに行った。センターの面談室で手続きを済ませ、病気の有無や予防接種、去勢手術が澄んだことを証明する書類などを見ながら、職員さんの説明を聞く。

 このセンターでは、保護した犬や猫、すべてに識別番号が入力されたマイクロチップが埋め込まれていて、もし脱走しても、再度どこかで保護された際には、その識別番号から保護者に連絡が来るようになっている。

 ちなみに、チップが埋め込まれているのは肩甲骨の間。首根っこの辺りで、被毛の上から触ってもそんな形跡はまったくわからないが、職員さんがリング状の機械を首の辺りにかざすと、ピッと音がして液晶画面が明るくなり、チップの番号が表示される。近未来映画を見ているような、複雑な気分になった。

 ところで、愛護センターでは保護した犬や猫の引き取り手を募ることが決まると同時に、HPなどで告知をするためにボランティアさんが名前をつける。が、それはあくまで“便宜上”の呼び名。多くの引き取り手は、新たに名前をつけるが、私たちはそのまま、アンドレと呼ぶことに決めていた。もう、アンドレ以外には考えられない。そんな感じだった。

 というのは、私の少女時代に一世を風靡した漫画『ベルサイユのばら』に登場する主人公・オスカルの想い人、黒髪のアンドレを連想させたから。

 顔半分が黒髪で覆われ、憂いに満ちたまなざしを見せる美青年・アンドレと、見事なハチワレ柄を持つ保護猫・アンドレの表情が私には重なって見えた。命名されたボランティアさんが同じ思いだったのかを確かめる術はないが、もしそうなら、保護していただいた感謝も込めて思いを共有したい、との気持ちも強かった。

 職員さんにキャリーケースを渡し、センターのホールで息子とドキドキしながら待つことしばし。「アンドレ」はやって来た。

 息子が助手席でキャリーバッグをしっかり抱え、私が運転してセンターを後にする。2人の職員さんが玄関先で名残惜しそうに、でも長く引き取り手がなかったアンドレの行く先が決まって一安心、といった表情で見送ってくださった。

 しばらく走った頃、「ミーミー」。凛々しい風情とはかけ離れた少女のような声をアンドレが発した。初めて聞く、アンドレの声だった。犬はそうでもないようだが、クルマが苦手な猫は少なくない。
 息子がその声のか細さに驚きながらも「もうすぐ着くからな。我慢してや」と話しかけるがアンドレの恐怖心は消せない。大きめの振動を感じる度、悲鳴を上げるように「ミーミー」と鳴くものだから、私は普段の横着な運転を返上。なるべく揺れないようにハンドルを操り、20分ほどで自宅に着いた。

 そもそもセンターでは、「アンドレは、超がつくほどのビビりものだから、最初の1週間ぐらいはケージの中に入れてやった方が逆に落ち着くと思う」とは言われていた。が、ケージは購入していなかったし、10畳ほどある私の仕事場の中だけに居させるつもりなので、ケージはなくとも大丈夫だろうと高を括っていた。今から思えば、本当に甘く見ていた。

 その日の12時半ごろ。仕事場の中央で息子がキャリーケースの蓋を開けた途端、アンドレは飛び出し、隅に置いてあるワイヤーラックの奥、壁との隙間に滑り込んだ。
 あまりの素早さに驚きつつも、ワイヤーラックの隙間から様子をうかがうと、文字通り恐怖に震えて固まっているよう。そのうち慣れるだろうと、様子を見ることに決め、息子はバイトに。私は同じ部屋でパソコンに向かった。

 ところが、1時間たっても2時間たっても同じ姿勢のままアンドレは固まっている。職員さんの助言通り、ケージを用意していれば少しは安心できたのだが……。
 考えてみれば、2~3回しか会ったことのない人間に拉致られて、揺れる乗り物に乗せられ、見たこともない結構な広さのある空間に放り出されたのだから、そりゃ「殺される~!」ぐらいの心持ちだったのだろう。それでなくても、超がつくビビりもんなのに……。

 夕方になっても夜になっても、少し方向を変えるぐらい。壁とワイヤーラックに挟まれるような形でアンドレは身を縮こまらせていた。水も飲まず、もちろんフードも食べず、トイレにも行かず。
 どうしたものかと思いつつも、少し場を外して戻ると、さっきの場所にアンドレがいない。驚いて仕事場を見回すと、さっきとは逆方向の位置に並ぶ本棚の間にジャストサイズの隙間を見つけたようで、そこに収まっていた。

 2日目の朝もそのまま。まんじりともせずに過ごしたのかもと思うとやはりケージを用意しなかったことが悔やまれ、申し訳なく思ったが仕方がない。アンドレのビビりもん度は、想定していたレベルをはるかに超えていた。

 昼過ぎに仕事のため外出し、20時ごろ戻ると、トイレを使った痕跡がある。フードも少しだけ減っていた。何よりうれしかったのは、亡くなったシャンコのために特注したものの、ほぼ活用されなかった杉の木製キャットタワーの最上段に見たことのない爪痕を一筋発見した時だった。
 私がいないことがわかって、勇気を出してパトロールしたようだ。えらいえらい。少しほっとしつつも、しばらくは距離を取って見守るしかない、改めてそう思った。

 3日目の夜。アンドレは、例の本棚の隙間で息をひそめるように身を縮めつつも、視線は鋭く、常に私の動向をうかがっていた。その居場所と私の仕事机は2メートルほどの距離。視線の端にアンドレをとらえることができる角度でパソコンに向かっていると、スタッと音がした。アンドレが隙間を出て床に降りたのだ。
 
 私が顔を向けると、あわてて隙間に逆戻り。まるで「だるまさんがころんだ」だと思うと笑えてきたが、そっぽを向きながら実は合わせ鏡で見ていると、また隙間を脱出。「しめしめ、あっち向いているぞ」って感じで水を飲み始めた。ここまでに50時間以上。やれやれだ。

 4日目の朝。例の隙間をうかがうも、アンドレの姿がない。さてどこへと思いつつ、彼を驚かせることがないよう、静かに、行きそうな場所を捜索すると、仕事場入り口近くに置いている棚の空箱の中に潜んでいた。何かに囲まれている方が落ち着く子なのだ。

 しかし、そこを通らないと我々は出入りできないんだよなと苦笑しつつ、試しに前を通ってみる。アンドレとの距離は15センチほど。60時間以上を経て最接近したことになる。案の定、「シャー」と威嚇された。

 その日の夜。また見て見ぬふりをしつつパソコンに向かっていると、空き箱から出る気配がする。素知らぬ顔でキーを打っているとカリカリと音が聞こえてきた。フードを食べている。空腹を満たすと同時に空き箱に逆戻りするも、私たちに敵意のないことはわかってきたようだ。

 空き箱の横の通路を通る度に発していた威嚇の声も、2回に1回になり、3回に1回になり、やがて無くなった。威嚇されなくなったことは大きな進歩。人並み、いや猫並み外れたビビりもんアンドレの歩みに合わせて寄り添おう。

 生まれて半年。その間のアンドレに何があったのかは知ることはできないが、これからの人生を我が家で平和に過ごさせたい、そう思ってセンターから引き取ったのだ。焦るまい。改めて自分に言い聞かせた。

 ところが、そんな悠長なことを言っておられない事態が発生! どうしてもアンドレにさわらなければならなくなったのだ! さて、その事件とは? 
アンドレ狂騒曲、次回に続く。

今は毎日良く食べ、良く眠っています。ちょっと太りました。

バックナンバー

私たちのくらしにとって大切な「かぞくのカタチ」「いごこちのカタチ」「いきかたのカタチ」。
この3つのカタチを通じて、自分らしい、より豊かなくらしについて、いっしょに考えてみませんか。

かぞくのカタチ

小林明子
ライター

1962年京都市生まれ。同志社大学在学中からミニコミ誌の制作を始めて以降、ライター稼業まっしぐら。雑誌『あまから手帖』の連載ほか、『文藝春秋』『家庭画報』などに執筆。著書に、生家である白生地問屋での少女時代を綴った昭和の風景満載のコミックエッセイ『せやし だし巻 京そだち』(原作/140B)がある。

バックナンバー

小林明子氏のイベント

かぞくのカタチ
いごこちのカタチ
いきかたのカタチ

バックナンバー一覧