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かぞくのカタチ

動物という家族

小林明子

小林明子(ライター)
物心ついた時から家には動物がいて、ペットというより「家族」だった。
一緒に暮らすのは大変だけど、意外な発見の連続で離れられなくなる。

かぞくのカタチ

動物という家族

第17回 換毛期ラプソディ

 楽あれば苦あり。心の底からその通りだと、思い知る時期が年に2回訪れる。シャンコの換毛期である。

 シャンコの被毛は2種類。少し長めで硬い直毛と、短くてフワフワした柔毛(じゅうもう)。猫だけでなく、犬やウサギ、ハムスター、被毛でおおわれている動物の多くは、夏に向けてと冬に向けて生え変わるタイミング、いわゆる換毛期が年に2回ある。もちろん普段も抜け毛はそこそこあるが、それは主に直毛の方で、柔毛が抜けていく春先は、普段とは1:10ぐらいの開きがあるように思う。

 換毛は気温の変化によって促されるのではなく、日照時間の変化を感知しておこる生理現象。「今年は寒くて、春が遠いね」なんて年も、換毛期は正確にやってくる。特に恐ろしいのが、体温をキープするために大量に蓄えていた柔毛が一気に抜ける、春先の換毛期だ。

 そりゃ、冬の間、毎日毎日シャンコのお腹に顔をこすりつけ、モフモフの幸せを享受してきた。それで英気を養い、または癒され、時には溜飲を下げる……心のバランスを取らせてもらったと言っても過言ではない。まさに“楽”してきたわけだから、抜け毛に振り回される“苦”も致し方なしではあるのだが……。

 私の寝室は東向きなので、朝日が射し込む。シャンコは去年、舌の手術を行い、階段の上り下りもかなり難儀になっているため、同じ部屋で寝起きをしている。私が目覚めたことを悟ると「にゃーん」と挨拶。タッタ~と駆けよって来る、と同時に夜中にまき散らされたであろうシャンコの柔毛がブワッと舞い上がる。朝日に照らされるそれは、幻想的な光景ではあるが、私の気分は一転。「今日もこの毛と格闘せねばならないのか」と憂鬱になる。

 もちろん、それなりに対策は講じている。1日に少なくとも1回は、シャンコを膝に乗せて、せっせとブラッシング。丸めるとゴルフボール大の毛が収穫できる日もザラだ。締め切りに追われる身の上ゆえ、毎日とは行かないが、掃除機も頻繁にかけている。掃除機のゴミカップには、おもしろいように毛が溜まっていく。それを捨てる度に「シャンコ、よくハゲにならないもんだ」と心配になる。抜けるのはあくまでムダ毛なのだが……。

 汗ばむほどに一生懸命掃除機をかけ、ホッと一息ついていると、家具の後ろから、本棚の上から、ほわ~と柔毛のかたまりが飛んでくることも。修行僧が課せられる、紅葉真っただ中の石段を掃いても掃いても、また頭上から落ち葉が降ってくる、人呼んで「掃除地獄」を思い出し、ゲンナリするのである。

 私は昔から黒色系の服を好んで着ているのだが、それも頭痛のタネだ。化繊生地は被害を受けにくいが、綿やウールのパンツ、ニットのワンピースにシャンコの直毛は刺さるし、柔毛はまとわりつく。どちらも一度くっつくとなかなか取れないし、黒だから目立つことこの上ない。
 ガムテープを至る所に配置しているのだが、本来の用途に使われることは滅多になく、カーペットや服に付いたシャンコの毛をペタペタはがすために存在している。ピーク時は、3ペタペタぐらいで粘着力が無くなってしまうほどだ。

 春先の換毛期は、服を家用と外出用に分けることはもちろん、それら同士が触れないようにも気をつけている。ベッドの縁や椅子の背もたれなど、思わぬ場所に毛が残留していることも多々。スカートの裾がふれただけで、またはうっかり椅子に座った途端、背面がシャンコの毛まみれになることも良くあるから、着替えはシャンコを入れない部屋でしている。

 さらに念のため、ガムテープでペタペタしてから外出する。それでも、蛍光灯の元では見えにくかった柔毛の存在が、太陽光の元で明らかになったり、タイツの足裏に柔毛がべったりついていて、もう一度家に戻りガムテでペタペタしたりってケースも。「シャンコは大好きだけど、シャンコの毛は好きじゃない!」とヒステリーを起こすことも恥ずかしながら少なくはない。

 猫や犬、毛の生えている生き物と共に暮らす者は、みんな大なり小なりこの悩みを抱えているようで、先日「小林さん、猫の毛、あまり服についてないけど、どうしてはるんですか?」と聞かれた。日々の工夫をひとしきり。そこでお互いの奮闘を慰め合うのが猫好き同士の“あるある”だ。

 そんな折、旧知の編集者さんが良いモノがあると教えてくれた。抜け毛に悩む愛犬家・愛猫家のため、ソレはホームセンターのペットコーナーに並んでいると。早速、近くの店へ。

 食器洗い用スポンジのような見た目で、カーペットをなでるがごとくこすりながら、抜け毛を絡め取るもの。小さな熊手みたいな形をしたブラシに、伸縮性の素材で編んだ使い捨ての布をあらかじめかぶせておき、毛が溜まったらはがして捨てれば良いグッズ……いろんなタイプが並んでいた。みんな、困っているのだなとシンパシーを感じつつ、お目当てのモノを手に取る。

 それは、服に付いたホコリを取るエチケットブラシを長さ10センチほどの棒状にした、ペット用毛取りグッズで、数社から同じような仕様で発売されている。布団やカーペットの上を一定方向に繰り返し滑らせる。その後、レバーを数回引いてエチケットブラシ棒を回転させると、中に仕込まれた板が毛やホコリをかき集め、筒内部にまとめてくれるスグレモノだ。1,000~1,500円前後と、決して安くはないのだが、編集者さんが「面白いように毛が取れる。絶対おススメ!」と断言していたので、購入。

 布団で試してみたところ、出かけに掃除機をかけたにもかかわらず、ポケットの中には柔毛がこんもり。カーペットも同じく。確かに面白いように毛が取れる。這いつくばりながら毛取りに精を出す私を眺めていたシャンコ。「なにしてんの~~」と言わんばかりに、後ろ脚で耳のきわをケッケッケッ!後光が射したように毛が一面に飛び、風を受けて部屋中に広がった。

 がっくり肩を落とす私を、帰宅した息子が見て「しゃあないわ。毛の原産地がいるんやもん。なぁ、シャンコ」と言いながら抱きかかえ、何の遠慮もなく、シャンコの毛を飛ばしまくり(・・・)ながらじゃれ合いやがり(・・・)、母の努力は水泡に帰した。それにしても原産地か。確かにね。

 この涙ぐましき換毛期ラプソディを先輩ライターに愚痴った。彼女は数年前に愛猫を亡くしたショックからまだ立ち直れておらず、よその猫話は楽しく聞けるものの、再度共に暮らす気にはまだなれないでいる。
「私も随分苦労したよ。懐かしいわねぇ。でもね、あの子がいなくなってずいぶん経つし、もう家の中に毛は無いと思っていたのだけれど、久しぶりに引っ張り出したコートに1本だけ、毛がついていてね。なんだか嬉しくって懐かしくって、泣けてきちゃったのよ」。寂しそうに笑うものだから、釣られて涙ぐんでしまった。

 いつものようにシャンコを膝に乗せ、パソコンでメールチェックをしていた時。ふと思いついて「毛のない」で検索してみると「毛のない猫」「毛のない犬」「毛のないネズミ」「毛のないモルモット」……。考えることはみんな同じだなと苦笑しつつ、「毛のない猫」を見てみると、「スフィンクス」と名づけられた、本当にツルツルに見える(正確にはごく短い産毛が生えている)猫の画像が出て来た。筋肉の形がそのまま露わになったスフィンクスは、失礼ながら、かつて大ヒットしたSF映画『E.T.』の主人公を思い出させる。

 膝の上のシャンコをブラッシングしながら、パソコンのモニターを見せつつ、「毛がないってのも考えもんかね~。どう思う?」と聞いてみる。一瞥をくれたものの、日ごろから、自分は人間だと思っているシャンコは「ワタシには関係ないわね」とばかりにプイ。モニターの中の他猫(たにん)には何の興味も示さなかった。

 産毛しか生えていない猫・スフィンクスは、刺激を直接受けるため、皮膚病になりやすく、それを避けるため細やかなケアが必要。不用意にひっかかないよう爪は常に短くしておかねばならないなど、それなりの配慮がいるそうだ。冬はさぞかし寒いだろう。だから毛のある猫より体温が高いとも記載されていた。自然は偉大。被毛は私を癒すためではなく、猫にとって必要だから生えているのだ。こちらの都合ばかりで云々してはいけないのである。

 今年の換毛期もそろそろ終盤戦。首元、柔毛が抜けにくくなりつつある純白のお腹をさすりながら、「このフワフワ柔毛には抗えない。私の精神衛生上もかけがえないのは事実よね」と一人ごちる。来年の換毛期までに、役に立ちそうなグッズを集めてみるか。

 急に気温が上昇した昼下がり。腹を見せる“夏ポーズ”で熟睡するシャンコ

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小林明子
ライター

1962年京都市生まれ。同志社大学在学中からミニコミ誌の制作を始めて以降、ライター稼業まっしぐら。雑誌『あまから手帖』の連載ほか、『文藝春秋』『家庭画報』などに執筆。著書に、生家である白生地問屋での少女時代を綴った昭和の風景満載のコミックエッセイ『せやし だし巻 京そだち』(原作/140B)がある。

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