SUMUFUMU LAB 住ムフムラボ

COLUMN コラム

各界の人気コラムニストが豊かに生きるコツを伝授します

いごごちのカタチ

(あまり)病気をしない暮らし

仲野 徹

仲野 徹(大阪大学大学院医学系研究科教授)

いごごちのカタチ

(あまり)病気をしない暮らし

第19回 研究者のいごこち(教授の巻)

 研究者のいごこち、今回は、教授の居心地についてであります。若者が研究者として生きて行くのが大変なことは、前回お書きしたとおりであります。そのような苦しい時期を乗り越えて、運良く教授になったら、どんな生活が待っているのでありましょうや。
 今回は、そういったことについて書いてみたいと思います。

 ただ、教授職といっても、国公立か私学か、大きいか小さいか、とか大学によって話がちがってきます。それに、同じ大学でも学部によって事情が大きく異なりますから、一般化することはなかなか難しい。わたしがこれまでに所属したのは、京都大学医学部と大阪大学の微生物病研究所と医学部、それから生命機能研究科だけなので、正直なところ、それ以外のことはようわかりません。

 まぁ、大学教授というのは、基本的に自分に関連したことしか考えてないので、そんなもんやとあきらめてください。ということで、自分の生活を紹介しながら、いろんな資料や噂に,聞いたことなんぞをちりばめて説明していくつもりです。

 まず、日常的にどんな仕事をしてるのかについて。大学教授やから教育に決まっとるんとちゃうんか、と思われるかもしれませんが、あにはからんや、教育のエフォートは高くない、というよりも、低い。まぁ、これは、1学年100人程度と学生数が少なくて、教授が60人ほどもいる大阪大学医学部医学科のような部局の特殊事情ではありますが。

 おそらく、うちの教授の中で、医学生に対して講義をいちばんたくさんしているほうなのだが、それでも、年間に60分×3コマ×18回でしかない。よくあるように90分講義に換算すると36回になるから、長期休暇を考慮して年間にならすと、わずか週1コマほどにすぎない。これ以外に、他の学部や大学院での90分講義が計10コマほどある。それをいれても、全然たいしたことない。
 どうです、びっくりするほど少ないでしょう?

 わたしの場合、通年にばらけているわけではなくて、ほとんどの教育義務が4~6月に集中しているから、準備やらも含めると、この3カ月間はほぼ教育に追いまくられることになる。なので、毎年、この季節は出張も控えている。それでも、トータルの持ち時間のうち教育が占めるエフォートはたかだか20%といったところだ。

 いまのポストに移る前に所属していた微生物病研究所のような[附置研究所]とよばれる部局の教授たちはもっと少ない。そこでは、学部と大学院の教育をある程度受け持つが、せいぜい年に数コマなので、教育のエフォートは極めて低いのだ。大学の事情をご存じない方は、そんな大学教授がおられることに驚かれるかもしれない。

 教授の数の少ない薬学部や、医学部の保健学科になると、講義や実習の負担は跳ね上がる。ようしらんけど、たぶん、工学部や理学部も、教育のエフォート率は、私なんかより高いはずだ。文系もおそらくそうだろう。それでも、大阪大学のような大規模国立大学法人は恵まれている。中小の私学や地方の国立大学だと、高校の先生なみに講義をせにゃならんところもあると聞いたことがある。
 そういった状況からいくと、教育がメインの大学とそうではない大学、というように分けることができるかもしれない。もちろん明確な線引きは難しいけれど。

 近所のおばちゃんなんかに、「とおるちゃん夏休みの間も大学へ行ってるんか」と聞かれてびっくりすることがある。行かいでか! どうやら、大学の先生っちゅうのは、学生が休みの時には同じように休んでると思われている節がある。どれくらいの人がそう思っておられるかはわからんが、何度も尋ねられたことがあるから、けっこうな率だろう。

 しかし、それやったら、夏休み2カ月弱、冬休み2週間、春休み2カ月弱、年のうち3分の1が長期休暇になって楽ちんすぎる。もしそうならば、教授の居心地は最高だが、さすがにそこまで甘くはない。普通の公務員と同じで、土日祝日と年末年始がお休みで、年次休暇が20日間だ。

 昔の国立大学教員は国家公務員だったので、一日あたり8時間と勤務時間がきっちりと定められていたが、いまは裁量労働制になっている。勤務した時間にかかわらず、8時間勤務したと見なしてくれるという、すばらしい制度である。極端な話、1日1時間ずつしか働かなくとも、おとがめはないということだ。まさかそんな教授はおらんという前提にたった制度であることはいうまでもない。
 事情は逆で、裁量労働制が導入された最大の理由は、超過勤務手当だろう。どれだけ長時間働いても8時間しか働いてないと見なされるのだから、超過勤務手当が発生しないのである。

 あくまでも、勤務時間が自由裁量ということであって、勝手に休暇をとっていいというわけではない。大学に行かない日は、当然、休暇届けが必要になる。昔の文系学部では、講義と会議以外は大学に出てこない教授がけっこうおられたという話だ。それどころか、毎日大学に来るような奴は、そんなことをする能力しかないと、ちょとバカにされていたという噂すら聞いたことがある。
 ウソかホントか知らないけれど、そういう伝説が生み出されること自体、ホンマにええ時代やったんやなぁと思う。

 では、お前はどれだけ働いているのだと聞かれそうなので、正直にお答えしましょう。日祝はよほどのことがない限り休むし、土曜日もできるだけ大学には行かない。しかし、これは土日祝に仕事をしない、という意味ではないことにご注意いただきたい。家で仕事をこなしていることもよくあるのだ。
 年次休暇などとらずに働き続ける勤勉な先生がたくさんおられるようだが、わたしは決してそのようなことはい。それでも、20日間の年次休暇を使い切るのは至難の業、というよりほぼ不可能である。

 毎日の生活はというと、二日酔いで目が覚めなかった日や出張の日以外は8時までに大学で仕事を始める。昼ご飯を食べて、半時間ほどお昼寝。教授になると、個室をあてがわれるので、お昼寝がしやすい。え、昼寝?とお叱りをうけるかもしれんが、個人的にシエスタの習慣を取り入れてから、午後の仕事の能率が飛躍的に向上した。言い訳と思われるかもしれないが、まぁ言い訳でもあるのだが、これは本当なのである。

 2~3年前までは、夜8時頃まで働くのが常だったけれど、やめた。最近は、5時には仕事を終えることを目標にしている。残念ながら、さすがにそれは難しいことが多い。それでも、締め切りが迫っているなど、よほど急ぎの用事がない限り、6時には大学を出るように努力している。

 そうやって気づいたことは、夜8時まで働こうが、夕方5~6時に仕事を終えようが、一日の仕事の出来高に違いがないということだ。朝、その日にしなければならない仕事の目安をつける。それを夜8時までかけようと思えば、だらだらとかけられる。逆に夕方5時に終わろうと思えば、ムダなことをせずに、仕事の能率を上げることになる。
 これまで、ずいぶんと無駄な時間を大学で費やしてしもうたわ。もっと若いうちに気づいて、早い時間に仕事を終える習慣をつけておくべきだったと後悔している。

 周囲の教授の先生方が遅くまで働いておられるので、なんとなく早く帰るのは気が引ける、と思ったのが浅はかだった。ちなみに、大阪大学で一、二を争う業績をお持ちの有名教授は、毎日、17時20分のバスに乗ってお帰りになられるという話で、実際に乗り合わせたこともある。帰宅時間と業績にはまったく相関がないことが、この例だけでよくわかる。

 最近、ポモドーロ・テクニックという、仕事の能率をあげるための時間管理法を導入した。単純なやり方で、25分間、なにしろ仕事に集中する。その間は、メールを見たり、電話に出たり、気が散るようなことは一切しない。そして5分休憩。そのインターバルで仕事をこなしていくのである。

 さて、1日に何ポモドーロできると思われるだろう? いくらがんばっても、せいぜい8ポモドーロだ。それだけやると頭が朦朧としてくる。これは、わたしの頭だけが弱いのではなくて、ポモドーロ・テクニックを解説してあるサイトなどを見てもそう書いてある。そうなのである。人間は、1日にそれくらいしか集中して仕事をできないのである。

 最近よく言われるように、日本人は総じて生産性が低い。労働時間あたりの生産性は、世界で20位。なんとなく怠けているように見えるイタリア人よりも低い。大学というところは、他に比べて無駄なことが多く、とりわけ時間当たりの生産性が低いような気がする。かつてそうであった私がいうのだから、間違いない。

 ひと昔前に比べると、教授に面白い人が少なくなっているし、大学がどんどん楽しくなくなってきている。確かに、いろいろな事情で教授の仕事量が増えていることは間違いない。しかし、能率をあげてちゃっちゃと仕事をして、余った時間で、できるだけおもろい教授になれるように奮闘努力してほしいと切に願っておる。そうすることが、結局は、大学を活性化するいちばんの方法ではないかと真剣に考えている。

 すんません、ちょっと話がそれました。では、教育以外の時間に何の仕事をしているかというと、研究と運営、ということになる。この比率は、ついている役職によっても違うし、個人によって様々だ。ちゃんと計ったことはないけれど、主観的には、おおよそ半々だろうか。なので、エフォートでいうと、研究:運営:教育が4:4:2といったところである。

 研究といっても、自分で実験をするわけではない。スタッフや大学院生の研究を指導するだけである。いわば相撲部屋の親方みたいなもんだ。と言いたいところだが、こう言うと親方に失礼かもしれない。親方は毎日朝から指導をおこなうのに対して、教授は週に一度くらいしか指導しないんだから。なので、論文を書いたり読んだりとか、プレゼンテーションの準備とか指導とかをするのが研究活動のメインになる。楽といえば楽なもんだ。

 もうひとつ、教授の仕事をたとえるとすると、資本金ゼロの零細企業の社長である。しかし、ランニングコストは稼がねばならない。そのために、研究費を申請する。主な申請先は文部科学省をはじめとする国であるが、民間の財団の支援をうけることもある。
 研究費の申請書作成を研究活動にいれるか運営業務にいれるかは難しいのだが、それがなければ研究が始まらないんだから、気分としては研究に入れたいところだ。

 運営については、書くとキリがないので省くけれど、じつにいろいろな種類の用事をこなしていて、我ながらよくこれだけ雑多な仕事を引き受けているものだと感心するほどだ。これら、いわゆる雑務をどれくらい要領よくこなすかによって、研究に使える時間の量がえらく違ってくる。自分でいうのもなんだが、雑事については、おしかりを受けない程度に適当にこなす術をいろいろと身につけている。
 これは企業秘密なので、ここでは内緒。そのうち本にでも書くつもりなので、その筋の人はお楽しみに。

 やはり最後には、収入がどんだけか、ということを書かねばなるまい。大阪大学が公表している資料によると、教授の年間平均給与はおよそ1,100万円だ。私儀、それくらいもらっておりまする。さて、これを高いとみるか低いとみるかについては意見が分かれるところだろう。専門的知識がある特殊な仕事なのに低いと思う人もいれば、これだけ自由度が高くて好きな研究をしてるのだから高いと思う人もいるだろう。
 おそらく多くの教授は前者の意見だろうが、わたしは後者の意見である。かといって、給与の減額を申し入れたりは決してしませんけど。

 基本的に年功序列制なので、若手の方が給与は低い。これも大阪大学の資料によると、教授の最低年間給与は850万円くらい。う~ん、何歳の教授か知らんが、さすがにこれはちょっとかわいそうな気がする。理由はわからんが、旧七帝大の教授給与平均では、東大が最高で北大が最低であって、140万円ほどもの違いがある。不思議な話だ。
 私学の教授給与は経営状態によってまちまちだ。景気がいい関西の某私立大学の准教授の年俸は国立大学の教授年俸にほぼ同じ、という噂も耳にしている。それって、すごいやないの。

 あと、講演料とか執筆料とかもあるが、これらも個人差が非常に大きい。臨床系の教授だと、年間の講演料だけで給与を上回るような先生もおられる。かつては、博士号の審査の謝礼とか仲人の謝礼とか、税金のかからない収入だけでもかなりの額になる大教授もおられたが、今は昔だ。仲人を頼むような人は激減してるし、博士号の審査で謝礼など受け取ったらクビがとぶ。

 さて、こうやってまとめてみますと、教授になるまでは大変だけれど、なってしまえば、自由度が高いし、給料もそれなりにあって、勘違いした世間の人が尊敬の目で見てくれるかもしれないし、と、いごこちのいい仕事といえるかもしれません。しかし、それも研究費があればこそ、であることを忘れてもらってはいけません。
 研究費をとってこれない教授というのは、豚まんのない食卓よりも百倍以上寂しく悲しい。そうなると、肩身もせまくて精神的に疲弊してくるし、教室員からも愛想尽かしをされるやもしれません。

なので、結論としては、教授としてのいごこちはケースバイケース、ということになりますかねぇ。ただ、ほんとうに幸運なことに、教授生活20年を超えますが、研究費に困った経験がないんで、主観的には実にいごこちのええ仕事であることを最後に告白しておきます。

バックナンバー

私たちのくらしにとって大切な「かぞくのカタチ」「いごこちのカタチ」「いきかたのカタチ」。
この3つのカタチを通じて、自分らしい、より豊かなくらしについて、いっしょに考えてみませんか。

いごごちのカタチ

仲野 徹
大阪大学大学院医学系研究科教授

1957年大阪市生まれ。大阪大学医学部医学科卒業。京都大学医学部講師などを経て、現在は大阪大学大学院医学系研究科教授。2012年に日本医師会医学賞を受賞。著書に『なかのとおるの生命科学者の伝記を読む』(学研メディカル秀潤社)など。多忙なスケジュールの合間を縫って、活字好きに話題の書評サイト「HONZ」の書評委員(レビュアー)も務める。最新刊『エピジェネティクス――新しい生命像をえがく』(岩波新書)がヒット街道驀進中!

バックナンバー

仲野 徹氏のイベント

人間の生活空間や習慣が、どれほど「健康」に影響を与えているか。医学博士と 生活者両方の視点で執筆する「なかのせんせ」のメディカルコラム。
かぞくのカタチ
いごこちのカタチ
いきかたのカタチ

バックナンバー一覧