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いごごちのカタチ

(あまり)病気をしない暮らし

仲野 徹

仲野 徹(大阪大学大学院医学系研究科教授)

いごごちのカタチ

(あまり)病気をしない暮らし

第23回 風邪の対策、これで万全!(かも)

 大学で教鞭をとる立場上あまり大きな声ではいえないが、残念ながら、40年前の医学部生時代に聴いた講義のことなどほとんど覚えていない。とはいうものの、いくつかは、そのユニークさや素晴らしさのおかげをもって鮮明に記憶に残っている。

 そのひとつは、精神科の最初の講義だ。初回だしと、気合いを入れて真剣に聴いていたにもかかわらず、内容がまったくわからない。隣に座ってた友人に、「何を言うたはるのかいっこもわからへんことない?」と話しかけたら、その答えがふるっていた。
「仲野、お前わかってへんなぁ。これは精神分裂病(いまの統合失調症)の重症患者さんなんや。最後にホンマの先生がでてきて、今のが典型的な症状です、って言うて終わるに決まってるやろ」
 しかし、とうとう先生は出てこなかった。やっぱり、その理解不能な話をしているのが先生だったのである。精神科の講義に出るのはやめて、教科書で独学することにした。

 薬理学の一回目の講義もよく覚えている。教授の先生、かなりユニークで評判だった先生が、黒板に大きく「くすり」と平仮名で書いて、「ええか君ら、こう書いたらようわかるやろ。くすり、反対から読んだらリスクや。薬物には副作用がある、というのがいちばん大事なことや」とおっしゃった。早くも奥義を学べたので、薬理学の講義出席もそこそこにさせてもらうことに決めた。

 三つ目は、今回のテーマである風邪についての講義である。今ではそんなことないけれど、当時の内科の講義は、やたらと珍しい病気について紹介するという役に立たないものが多かった。そんな中において、たかが風邪についての講義である。しかし、実地には役に立つこと間違いなし。とてもダンディーで素敵な教授だったけれど、その素晴らしい配慮に感銘をうけた。

 南極から中継された特別番組がNHKで放送された直後だった。そのテレビを見て感心した、とおっしゃった。「南極では風邪をひかないんですね。寒くても、外部から風邪のウイルスがやってくることがないから、風邪にかからないんです。咳が出たりすることはあっても、風邪にはなりません」とかなんとか。
 おぉ、そうだったのか。当然と言えば当然のことなのだが、目から鱗。この話はとても大事なことを教えてくれる。風邪をひきおこすウイルスにさらされることがなければ、どんなに寒くても風邪をひくことは決してないのである。もちろん寒すぎて死ぬことはあります、念のため。

200種類ものウイルスが「風邪」を呼ぶ
 まず、風邪とは何なんだろうかと、最近刊行された広辞苑第七版をひいてみた。そこには「風の⑤」とある。さよか、と思ってそこを見ると「感冒」。それやったら、風邪のところに「感冒」と書けよ、気のきかん。で、いよいよそこには「身体を寒気にさらしたり濡れたまま放置したりしたときに起こる呼吸器系の炎症性疾患の総称。アデノウイルス、コロナウイルス、ライノウイルスなどが鼻腔・咽頭・喉頭などに感染することによる。感冒。」とある。なるほどの定義である。

 一方、インフルエンザをひくと、「インフルエンザウイルスによって起こる人獣共通感染症。人で多くは高熱を発し、頭痛・四肢疼痛・全身倦怠・食欲不振などを呈する。流行性感冒。流感。」とある。風邪ひき、と言ったときに、人によってはインフルエンザも含めてしまうことがある。が、広辞苑さまもおっしゃておられるように、インフルエンザ=流行性感冒は一般的な風邪=感冒と分けて考えたほうがよろしいのである。ということで、以下、単に風邪と書いたら、インフルエンザは含まない、というようにご理解いただきたい。

「風邪のバイブル」と勝手に認定している『かぜの科学-もっとも身近な病の生態』(ジェニファー・アッカーマン著、ハヤカワノンフィクション文庫)という本がある。その本によると、米国では、年間延べ10億回風邪にかかり、外来患者数だけで1億人にも達する。患者達は約何十億ドルも治療に費やしており、欠勤による経済損失は600億ドルにもなるという。日本は、人口がアメリカの半分だから、一人あたりでいうと、年間5回、経済損失は6~7万円。おおよその実感に近い。

 これだけのダメージがあるのだが、残念ながら、風邪についての研究はあまり進んでいない。大きな理由は、放っておいても数日たてば治るということ、そして、原因ウイルスがたくさんあるので研究が難しいということ。
 インフルエンザを引き起こすのはインフルエンザウイルスである。しかし風邪ひきに対応する「風邪ウイルス」などというものは存在しない。広辞苑にあるように、何種類ものウイルス、おそらくは200種類以上ものウイルスが風邪をひきおこすと考えられている。

 200種類もあるウイルスのうちどれかに感染して風邪をひくと、そのウイルスに対して免疫ができる。しかし、原因ウイルスは総数200種類もある。ひいてもひいても、別の種類のウイルスによる風邪をひく可能性があるということなのだ。
少し意外かもしれないが、統計的には、歳をとればとるほど、風邪に罹りにくくなることが知られている。これは、いろいろな種類のウイルスの風邪に罹って、それらのウイルスに免疫ができていくためと考えられている。

 まわりを見回すと、風邪にかかりやすい人とそうでない人がいるような気がする。さて、それは遺伝によるものだろうか、それとも環境によるのだろうか。これに対する明瞭な答えは出ていないが、おそらく両方だ。まぁ、言うたらなんですが、知能だろうが身長だろうが何だろうが、ほとんどは、「氏=遺伝」と「育ち=環境」の両方が関係している、と言ってほぼ間違いはないのであります。

 睡眠不足や慢性的なストレスがあると風邪をひきやすい、ということが知られている。あたりまえやろ、と思われるかもしれないが、意外にも疲労は関係ないらしい。風邪でも、他の多くのことと同じように、タバコは悪玉だし、適度な運動は善玉だ。ちなみに、サプリメントで風邪を予防することはできない、という研究成果はしっかり頭にいれておきたい。ムダな投資と抵抗はやめましょう。

 おもしろいのは、社会的地位が高いかどうか、ではなく、地位が高いと思っている人はひきにくいという結果があること。もうひとつ、これも理由はわからないが、社会的ネットワークが広い人、対人関係の豊かな人も風邪をひきにくいということ。付き合いが多ければひきやすそうな気がするが、逆らしい。不思議なことです。

必殺の「風邪防御法」があるとすれば……
 こういったことが影響するとはいえ、風邪をひくには、ウイルスに感染せねばならん。そう、それが絶対的必要条件である。ということは、逆に考えたら、ウイルスにさらされなかったら風邪を引かない、ということになる。では、どうすればいいか。

 ウイルスの侵入部位は、上気道、すなわち口や喉だ。そこへウイルスが来るのは、飛沫か接触である。キスもあるんちゃうか、という意見もありそうな気がするが、風邪をひいてる人とキスをするような輩は少ないやろう、ということで却下。風邪の主要症状に咳があるのでなんとなく飛沫によると考えがちだが、むしろ接触の方がメインではないかと考えられている。もちろん飛沫もありえるのだが、よほど濃厚な接触の場合だけらしい。だから、マスクはあまり予防に役立たない。

 なので、重要なのは手洗いだ。外から帰ったら、あるいは、屋内でも、風邪の人が触ったような場所を触れた後には、しっかり手洗い。普通の石鹸でいいけれど、指や手のひらといった部位それぞれを15秒~20秒は洗わないとウイルスは落ちないのでいささかやっかいだ。しかし、そこまで完全にやらなくとも、できるだけ手洗いするのが望ましい。手で顔をできるだけ触らなくするだけでも効果がある。ただ、これは、ほとんどの人が無意識にやっているので、なかなか難しい。

 アルコール消毒剤はインフルエンザウイルスを含む一部のウイルスには効果があるが、風邪のウイルスには一般的にあまり効かない。家族に風邪ひきが出たときには、家の中で手を触れがちな場所を清潔にするだけでリスクを下げることができる。とか、知っておいたほうがお得です。

 もう一点、重要なことは、風邪と違ってインフルエンザは飛沫感染しやすいということだ。なので、インフルエンザの予防にマスク着用はある程度効果がある。が、それも絶対的ではない。それに、インフルエンザも付着で感染する。ということで、風邪もインフルエンザも、手洗いなどによる付着感染の防御はとっても大事なのであります。

風邪をひいた人に「特効薬」はあるか
 いくら気をつけても、風邪をひくときはひく。感染してしまったらどうしたらいいか。一日も早く治りたいのが人情である。では、風邪を治す方法があるのか、というと、ない。身も蓋もない言い方だが、ないものはない。仕方がありません。

 これまで調べられたサプリメントは、有名なビタミンCを含めてどれも効果がない。日本では生姜湯や卵酒、アメリカではチキンスープを摂ったりする。多少気持ちよくなる、とか、水分の補給になる、というような効果があるかもしれないが、風邪が早く治るわけではない。

 鼻水、咳、頭痛、などといった症状を和らげるお薬は必要に応じて服用すればいい。タミフルのようにインフルエンザウイルスに対する薬剤はあるが、いわゆる風邪のウイルスに効くような抗ウイルス薬はない。それから、抗生物質は不要である。というよりも、飲んではいけない。一般的な抗生物質は細菌に対するものであるから、ウイルスには効果がゼロ。その上、副作用が出る可能性があるし、耐性菌=抗生物質が効かない細菌、を産み出す危険性もある。
 ただし、自分ではウイルス性の風邪と思っていても、それ以外の病気で、抗生物質の投与が必要な場合もあることには注意が必要だ。

 なんかないんか、責任者出てこい!と言う人がいるかもしれない。ちょっと落ち着いてください。それがひとつだけ、有効な方法があるんです。副作用もなく、風邪が一日早く治るという夢のような方法が。

 それは、お医者さんに誠意をもって共感してもらう、ということであります。驚くべきことに、心からの同情を持ってお医者さんにやさしくしてもらえれば一日早く治るというのだ。それも、何度もしてもらう必要はなくて、一度だけで効果があるらしい。ホンマですか、と言いたくなるような話なのだが、2009年に「治療者の共感と感冒の期間」というタイトルで、ちゃんとした学術雑誌に紹介されている。

風邪をひいたら「休むが勝ち」
 さて、まとめに入ります。風邪をひかないためには、ウイルスに接触しなければいい。とはいうものの、季節になれば、人の集まるところ、多かれ少なかれウイルスがあるはずだ。まったく出歩かなければいいのかもしれないが、そういうわけにもいかないし、家族が持ち込んでくるかもしれない。だから、できるだけ体の中に入れないようにする。それには手洗いがいちばん大事。

 普段から、対人関係をたくさん持つようにしておく。しっかり睡眠をとって、適度な運動をして、慢性的なストレスをため込まないようにしておく。すなわち、日常的に健康的ないい人を目指していればいいのであります。というても、なかなか難しそうですが。
 それでも風邪をひいたら、どうせ何日かたったら治るのだし、治療法はないのだからとあきらめて、ゆったりとした気持ちで休むこと。できたら、とってもいいお医者さんを受診して共感してもらいましょう。

 なんかもう、当たり前すぎてスミマセン。まず、風邪はひかないようにする。それでもひいたら、無理をして仕事に出ず、ゆっくりするのがいちばんということですわ。そうしたら、職場や学校で同僚にうつすこともないのだから集団にとってもありがたい。いつも思いますけど、日本人は働き過ぎとちゃいますか。風邪をひいた、あるいは、風邪をひいたと思った時くらい、ラッキー、ゆっくり休めるわ、と思って一日中寝ていてもバチはあたりませんで。

 今回の内容は、ほとんど『かぜの科学』に書いてあったことです。もっと詳しいことを知りたい人は、ぜひ読んでみてください。

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仲野 徹
大阪大学大学院医学系研究科教授

1957年大阪市生まれ。大阪大学医学部医学科卒業。京都大学医学部講師などを経て、現在は大阪大学大学院医学系研究科教授。2012年に日本医師会医学賞を受賞。著書に『なかのとおるの生命科学者の伝記を読む』(学研メディカル秀潤社)など。多忙なスケジュールの合間を縫って、活字好きに話題の書評サイト「HONZ」の書評委員(レビュアー)も務める。著書に『エピジェネティクーー新しい生命像をえがく』(岩波新書)など。最新刊『こわいもの知らずの病理学講義』(晶文社)が大ヒット中!

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