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いごごちのカタチ

(あまり)病気をしない暮らし

仲野 徹

仲野 徹(大阪大学大学院医学系研究科教授)

いごごちのカタチ

(あまり)病気をしない暮らし

第21回 がんにならない暮らし(中)

 ひきつづき『がんにならない暮らし』です。
 ざっと前回のおさらいをしますと、まず、がんっちゅうのは、がんに関係する遺伝子に突然変異、多くのがんでは5~6個の突然変異、が生じることによって発生する病気である、ということ。で、その突然変異は、老化にともなってだんだん蓄積するので、基本的には防ぎようがない、ということ。

 ただし、世の中には突然変異を誘発するようなモノがあって、その典型はタバコですから、禁煙した方がよろしいよ、ということ。そして、ピロリ菌、B型・C型肝炎、ヒトパピローマウイルスは、それぞれ、胃がん、肝臓がん、子宮頸がんの原因になりえますから、気をつけましょう、ということ。ざっとそんなあたりでございました。
 今回は、それ以外で、がんに関係する要因について説明してまいりましょう。

 国際がん研究機関(IARC)は、発がん性リスクをリストアップして公表していて、グループ1が「ヒトに対する発癌性が認められる、化学物質、混合物、環境」である。ずいぶんと長いリストで、原稿を書くにあたり、初めてしげしげと眺めたのだが、そこには衝撃の事実が……

 タバコ、ピロリ菌、B型・C型肝炎ウイルス、ヒトパピローマウイルスがはいっているのは当然である。他に、いくつもの抗がん剤や放射線がはいっているのもわかる。断熱材に使われていて中皮腫という腫瘍を引き起こすことが問題になっているアスベスト、豊洲市場の移転で問題になったベンゼンやヒ素などがはいっているのも当然だ。

 何にびっくりしたかというと、アルコール飲料や加工肉がグループ1にはいっているのだ。ホンマですか? いまごろ言われてもなぁ。いろいろな研究があって、統計的に、アルコールを摂取する人の方が、がん、特に大腸がん、肝臓がん、乳がん、になりやすいことが報告されている。
ただし、過剰飲酒が悪いのは明らかとはいえ、どれくらい飲んだらどの程度がんになりやすくなるかはあまりわかっていないようだ。

 世界的に見ると、がん症例全体のなんと約3.6%もがアルコール摂取に起因するとされているそうなので、かなりの数値ですわ。でも、その発がんメカニズムはわかっておりませぬ。まぁ、発がんに関係してるからやめなはれと言われてもやめるわけじゃなし、飲み過ぎにだけは注意したほうがええでしょうね。おのおの方も注意なされませ。まぁ、飲み過ぎがいかんのは発がんだけの問題じゃありませんけど。

 築地市場の移転で話題になったベンゼン、工場でベンゼン蒸気に長期間曝露された人に白血病が多発したことから、発がん性ありと確定されている。では、その環境基準値はどのように設定されているのかというと、驚くほど低い値がとられている。一生涯さらされ続けた際に、その物質の影響による発ガン確率が十万分の一、すなわち、十万人に一人の割合で増加する量、が環境基準値なのである。

 水道水におけるベンゼンの水質基準は0.01mg/Lと決められている。毎日、水2リットルの水道水を飲んだと考えて、十万人に一人の割合で白血病が発症すると推定される濃度が0.01~0.1mg/Lである。安全を見込んで0.01mg/Lに設定されている。

 そうなんか、そんなに低いんか、と思われないだろうか。豊洲の地下水、直接飲むわけではないのだから、基準値の100倍あったとしても、それほど影響があるとは思えない。普通に考えると、ベンゼンだけに関していえば、豊洲に移転したところで、白血病発症リスクは、おそらく全都民において一人増加するかどうかといったところだろう。

 豊洲のベンゼンの数値を見ても、やっぱり怖いと思う人もおられるかもしれん。しかし、これだけをもって移転反対というのは、ゼロリスクを目指した過剰反応ではないかという気がします。政争論や感情論ではなくて、きちんと科学的に説明せんとあかんのとちゃうかと思うんですけど、どうですやろ。わたしやったら、タバコの煙の方がはるかに怖いような気がしますけど。

 発がん性を持つ物質として有名なのはアフラトキシンだ。亜熱帯から熱帯にかけて生息するカビが産生する天然物質である。カビなんか食べるやつおらんから関係ないやろ~、と思われるかもしれないが、そうでもない。じつは、このカビ、ピスタチオとかピーナツに生えるのである。

 かなり発がん性の高い物質で、天然物のうちで最高の発がん性を持っているとまでいわれている。アフラトキシンは、肝臓で代謝されて発がん物質になり、DNAに結合して変異をひきおこす。不思議なことに、がんを抑制する機能をもったp53タンパクの遺伝子、それも、その特定の部位に変異をひきおこし、それが発がんのひとつの要因になっている。

 ピスタチオなどのナッツを輸入する際には、きちんと検査がされているから、口にはいることはまずないはずですけど、もしカビの生えてるピスタチオなんかがあったら、念のため食べないほうがええですね。

 と書きながら、アフラトキシン関連のニュースを検索したら、つい最近(平成29年7月21日付)「中国産落花生からカビ毒検出……5万2千袋回収を命令」という出来事があったのを発見。ネットニュースに出てる写真を見たら、この前スーパーで買って食べた落花生の袋に似てるがな……。まぁ「基準値が1キロあたり10マイクログラムのところ、これを超える12マイクログラムが検出された(朝日新聞)」くらいだから、問題ないと思うけど。

 紫外線はDNAに傷をつけて、発がんのリスクになるので、太陽光の曝露もグループ1にはいっている。もう少し詳しくいうと、紫外線=UV(ultraviolet の略です)は、波長の長いUVAと波長の短いUVBに分けられる。日光浴で肌が真っ赤に焼けたり、DNAに変異がはいって発がんの原因になるのはUVBの方だ。日焼け止めクリームのSPF値というのは、UVBの防止効果を示している。

 昔は、夏休みになると、ちびっこ日焼けコンテストがよくおこなわれていたが、突然変異を考えると体にとって必ずしも好ましいことではない。では、日焼けサロンはどうかというと、これもあまりよろしくないらしい。「紫外線日焼けマシン」は、グループ2の「ヒトに対する発癌性があると考えられる」に分類されていたのが、数年前からグループ1に格上げされている。
 まぁ、これも、お酒といっしょで、紫外線を浴びすぎない、という程度には気をつけたほうがええでしょうね。

 加工肉も気になる。ただ、これも疫学調査によるものであって、加工肉に含まれる何が影響をおよぼしているのかはわかっていない。それに、欧米での研究成果だけで、加工肉以外の食生活や人種差が考慮されている訳でもない。なので、国立がん研究センターは「平均的な摂取の範囲内であれば、食肉や加工肉がリスクに与える影響は、無いか、あっても少ない」というスタンスをとっている。

 世界保健機関(WHO)も、IARCの報告について、「がんのリスクを減らすために加工肉の摂取を適量にすることを奨励したものであり、加工肉を一切食べないよう求めるものではない」とアナウンスしている。そらそうですわなぁ。まぁ、ハムやソーセージばっかり食べるとか、極端なことをせんかぎりは大丈夫そうです。

 食生活ががんと関係があるのは間違いない。以前は日本人に比較的少なかった大腸がんや乳がんが増えてきたのは、食事の欧米化の影響が大きいとされている。また、欧米の研究では、食生活の改善により、がんの30%は予防できるという論文が出されているほどだ。しかし、あくまでも疫学からの推計であって、何を食べたらダメで、何を食べたら良い、というようなことがわかっていない。

 一方で、がんにならない食事とか、がんが治る食事とかいった類いの本が結構出されている。残念ながら、科学的な根拠はほとんどないと考えるべきだ。食事が発がんに影響を与えているのは間違いないとはいえ、確実に予防できたり、ましてや、がんを治癒できたりする食べ物はあらへんのです。騙されたらあきません。

 がんを予防するという謳い文句のサプリメントもたくさんある。確かに、動物実験で発がんを抑制する効果の認められているものは結構たくさんある。ただし、ヒトで確実に効果があるという科学的裏付けのあるものは、残念ながら、ない。トマトなどに多く含まれるベータカロテンも、そのような化学物質の一つである。

 ベータカロテンについては、何万人をも対象に5~10年かけた大規模研究がいくつかおこなわれた。その結果、胃がんの抑制に効果があったという報告もあるが、効果がなかったという報告もある。なんと、驚いたことに、喫煙者では、ベータカロテンを摂取した方が、がんが抑えられるどころか、肺がんの率が有意に高くなってしまった。なにごとも、きちんと研究してみんとわからへんのです。いやぁ、むずかしいもんですわ。

 肥満は、生活習慣病のリスクになるだけでなく、発がんのリスクでもある。英国で524万人という膨大な人数を対象に、BMI(ボディマス指数=体重/身長の二乗)と22種類の悪性腫瘍の関係についての大規模研究がおこなわれた。その結果、胆嚢がん、腎がん、子宮頸がん、甲状腺がん、大腸がん、白血病など、10種類のがんで、肥満によって発がんリスクが向上することが示された。

 我が国では詳細な研究はおこなわれていないが、欧米ほど肥満と発がんの関連は大きくないのではないかとされている。しかし、大腸がんなどでは、肥満により発がんリスクが上昇することがわかっている。一方で、やせすぎも発がんのリスクになることが報告されている。いやぁ、こういうのも、科学的なエビデンスをきちんと得るとなると、なかなか難しいもんです。

 国立がん研究センターのHPに「日本人のためのがん予防法―現状において推奨できる科学的根拠に基づくがん予防法」というのがある(http://ganjoho.jp/public/pre_scr/prevention/evidence_based.html)。
 とてもよくまとまっているので、興味のある人はお読みいただきたい。そこでの結論は、以下のとおりだ。
 
  喫煙   たばこは吸わない。他人のたばこの煙を避ける。
  飲酒   飲むなら、節度のある飲酒をする。
  食事   食事は偏らずバランスよくとる。
       * 塩蔵食品、食塩の摂取は最小限にする。
       * 野菜や果物不足にならない。
       * 飲食物を熱い状態でとらない。
  身体活動 日常生活を活動的に。
  体形   適正な範囲に。
  感染   肝炎ウイルス感染検査と適切な措置を。
       機会があればピロリ菌検査を。

 ほとんどのことについて、前回と今回に紹介したので、おおよそ理解していただけるだろう。追加で説明せねばならんのは、塩分の取り過ぎは胃粘膜に、熱い食べ物は食道粘膜に損傷を与え、それぞれ、胃がんと食道がんのリスクになると考えられていることぐらいだ。

 粘膜が損傷をうけると、粘膜の細胞が分裂して再生が生じる。細胞が分裂するにはDNAの複製が必要である。DNAが複製される際、低いとはいえ、必ず変異がはいってしまう。そして、それが蓄積して発がんのリスクにつながるのである。

 しかし、この予防法、拍子抜けするほどシンプルだと思われませんか? 言い換えてみたら、発がんの分子機構が解明され、それに対する特異的な薬剤=分子標的薬が次々と開発されている割には、予防するのは難しい、という結論な訳です。まぁ、自らの生活を顧みたら、生活習慣はどうしても易きに流れがちやし、食べる物も飲む物も本当に雑多やし、いつか、がんにならない生活法が編み出されたところで、それを遵守するのは難しいかもしれませんしね。

 現状では、タバコは吸わず、アルコールは適度に、太りすぎず痩せすぎず、ある程度は食生活に気をつけて、適度にがん検診をうけて、異常があったら精密検査をうける、っちゅうのがベストということですな。まぁ、がんになるかどうかは結局のところ「運」みたいなもんですから、気にしすぎても意味ないし、気にしすぎなくてもあかんし、こんなところが妥当なんかもしれません。 
 
 がんについては、次回も書きます。お楽しみに。

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いごごちのカタチ

仲野 徹
大阪大学大学院医学系研究科教授

1957年大阪市生まれ。大阪大学医学部医学科卒業。京都大学医学部講師などを経て、現在は大阪大学大学院医学系研究科教授。2012年に日本医師会医学賞を受賞。著書に『なかのとおるの生命科学者の伝記を読む』(学研メディカル秀潤社)など。多忙なスケジュールの合間を縫って、活字好きに話題の書評サイト「HONZ」の書評委員(レビュアー)も務める。最新刊『エピジェネティクス――新しい生命像をえがく』(岩波新書)がヒット街道驀進中!

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