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いごごちのカタチ

(あまり)病気をしない暮らし

仲野 徹

仲野 徹(大阪大学大学院医学系研究科教授)

いごごちのカタチ

(あまり)病気をしない暮らし

第22回 がんにならない暮らし(最終)

 「がんにならない暮らし」、これで三回目です。一回目は、がんは遺伝子の病気である、ということと、タバコ、ピロリ菌、肝炎ウイルス、ヒトパピローマウイルスなどが発がんに関係する、というお話をしました。二回目は、アルコール、加工肉といった飲食物とがん、それから、紫外線や肥満とがん、についてでありました。今回は、がんの代替療法とか民間療法について書いてみたいと思います。ざっくりいうと、一般的に、これまでの治療成績のデータに基づいておこなわれている医療が標準医療で、それ以外のものが代替医療です。

それでも「代替医療」を受けますか?
 この8月に「がんにおける代替医療とその生存に対する影響」と題された論文が、エール大学の研究チームから発表された(JNCI, 2018)。JNCIというのは、がん研究分野での一流雑誌である。けっこう大きく報道されたその内容は、代替医療だけを受けた人の死亡リスクは、標準医療を受けた人の2.5倍というものであった。

 この論文にも書いてあるが、こういった研究はけっこう難しい。というのは、まず、代替医療についてのデータが不足している。そして、代替医療を受けている人は、その公表をためらうことが多い。

 ニュースのタイトルにあった「死亡リスクが2.5倍」というのは、いまひとつピンとこなかった。当然、がんの種類によって違うはずなのだから。で、論文を読んでみると、代替医療を受けた人と標準医療を受けた人の5年生存率が、乳がんで58.1%対86.6%、肺がんで19.9%対41.3%、大腸・直腸がんで32.7%対79.4%、と有意な差があったと書かれている。かなり大きな違いだ。ただし、前立腺がんは進行が遅いので、86.2%対92.9%、と大きな差はなかった。これが、がんの代替医療の現実なのである。

 少し注意が必要なのは、この論文は、代替医療だけを受けた人についてのデータである、というところだ。標準医療に代替医療を組み合わせたものは「統合医療」、あるいは、標準医療に組み合わせて使う代替医療は「補完医療」と呼ばれる。そういったケースとは区別して考える必要がある。

 がんにかかった有名人が代替医療をおこなった末になくなった、と報道されることがあるけれど、詳しいことはわからない。まず、標準治療を受けながらの代替医療なのか、受けずに代替医療だけなのかがわからない。それに、どのような代替医療だったかも明らかでないことが多い。これは、前述のように、施術者に対する遠慮からだろう。

 標準医療と代替医療の違いは、医学的な裏付けがあるかどうか、すなわち、治療についてのエビデンスがあるかないか、である。すべての代替医療が絶対に効かない、と断定するのはきわめて困難である。しかし、がんのように放置すると死に至る可能性が高い病気において、エビデンスのない治療法に身をゆだねるのは、あまりに危険すぎるだろう。

 ほかに治療法がないと診断されたので代替医療を、という人もおられるかもしれない。理解できない訳ではないが、ほとんどの医師はそのような治療法に大枚をはたいたりはしないだろう。少しアプローチが違うが、アルトゥール・ガワンデというハーバード大学教授の『死すべき定め』(みすず書房)という、不治の病である老化と末期がんをテーマにした本が参考になるかもしれない。

 末期のがんの患者の場合、緩和ケアをしっかりうけるようにした方が、抗がん剤などの治療を中止するのもホスピスに入るのも早くなった、そして、臨終の苦痛が少なかった、という研究が紹介されている。そんなことをしたら寿命が短くなるのではないかと思われるかもしれないが、むしろ逆で、平均25%も長生きしたという。末期がんで代替医療に身をゆだねるよりも、はるかにいいと思うのだが、いかがだろうか。

 末期がんの患者と医師の関係については、医師にして作家である久坂部羊の小説『悪医』(朝日文庫)が参考になるかもしれない。第三回医療小説大賞に輝いたこの本は、いろいろなことを考えさせてくれる。

「笑い」はがん治療に使えるか?
 ちょっと重苦しい話になってしまったかもしれません。でも、なにしろ、日本人の半分が、がんになる時代です。
 こういうことは、元気な間に考えておいたほうがよろしい。人間、怒ったり悲しんだりしている時は、判断が誤りがちですから、こういうことはの向上につながらないだろうか、喜怒哀楽ということで、気をとりなおし、笑いについてのお話を。

 がんに笑いが効くのではないか、という話があるにはある。さすがに、標準医療をうけずに、笑いだけでがんを治そうという人はおるまい。しかし、効果の有無は別として、補完医療としての「笑い」というのは悪くない。副作用は絶対にないし。

 大阪国際がんセンター(旧大阪府立成人病センター)では、笑いががん患者のストレス軽減や免疫機能に与える影響をしらべる「笑いとがん医療の実証研究」がおこなわれている。これは、がんを笑いで治す、というような大それたことではなくて、笑いというポジティブな感情が患者さんのQOL(クオリティ・オブ・ライフ=人生や社会生活の質)の向上に効果つながらないないだろうか、という発想でおこなわれている研究だ。

 吉本興業、松竹芸能、米朝事務所に所属する落語家さん、漫才師さんが、おそらく病院のある「大手前」にちなんでであろう『わろてまえ劇場』と名付けられた大阪国際がんセンターの大ホールで2週間に1回、計8回の舞台をおこない、その影響を見るのである。

 研究というものは、対照群との比較が基本である。この場合は、舞台を見る人と見ない人で違いがどうかを比較することが必要だ。それって、ちょっと難しいのとちゃうの、という気がする。こういう研究には、ランダム化比較試験が望ましい。研究への参加希望者をクジ引きで二つのグループにわけて、それぞれの結果を比較するのである。

 薬剤の場合は、本物の薬、あるいは、効果のない偽薬が与えられる。この場合、両者は同じ見かけにしてあるので、被験者は、与えられているのが本物の薬なのか偽薬なのかがわからない。それどころか、投与するお医者さんにもわからなくしてある。しかし、舞台を見るかどうかとなると、違いは歴然だし、見ないグループに割り当てられた上に採血された日には、血の採られ損である。ちょっと気になったので、インサイダーの先生に尋ねてみたら、そのあたりは十分考慮してあって、よく練られた研究デザインがとられている。

 それでも、同じ落語や漫才を聞いたところで、面白いと思うかどうかは個人差が大きいし、体調によっても違ってくるだろう。なので、優れた研究デザインでもなかなか差が出にくいかもしれない。

 まだ研究結果は発表されてませんけど、どうなるんでしょうね。個人的には、かなり楽しみに待ってます。まぁ、患者さんの気晴らしになって喜んでもらえたら、それだけで十分なような気もしますけど。

 笑うと免疫能があがる、という話は時々耳にする。「笑い」と「免疫」でひっかかってく論文検索(英語です)してみると、リンパ球の一種であるNK細胞(ナチュラルキラー細胞)が活性化されるという論文がひっかかってくる。NK細胞というのは、ナチュラル=自然、と、キラー=殺し屋、という名前が示すように、異物に感作される必要なく、自然の状態で存在する、細胞を殺す能力を持った細胞である。

 細胞を殺す能力があるからといって、自分の細胞をバカバカ殺すわけではない。そんなことがおきたら大変だ。正常な細胞ではなくて、ウイルスに感染した細胞や、がん化した細胞を選択的に殺してくれる細胞なのである。
体内にNK細胞があるにもかかわらず、がんが発症してきたということを忘れてはならない。笑って少々活性化したくらいで、がん細胞をたくさん殺してくれるほど甘くはないのである。

 それでも、NK細胞を体外で大量に増やしてから注射するとか、NK細胞を活性化するとかして、がんの治療に使おうという試みが多数おこなわれている。原理的には可能だけれど、確実に効くことが証明された方法はまだないようだ。なので、現状では、代替医療のレベルと判断するのが妥当だろう。いずれ、きちんとしたエビデンスが得られて、標準医療になる可能性もあるが、現段階で判断するのは難しそうだ。

ビタミンCはがんに効く?
 30年以上前に書かれたものだが、『笑いと治癒力』(岩波現代文庫)という本がある。自己免疫疾患、自分の細胞を異物と間違えて攻撃してしまう病気、のひとつである「強直性脊椎炎」を、笑いと大量のビタミンCで治した、というジャーナリストのお話だ。
難病とはいえ、自己免疫疾患は、がんのように必ず進行するものではないから、ほんとうに笑いとビタミンCが効いたのかどうかはわからない。しかし、笑いの治癒効果や、偽薬の役割などについて、なかなか面白く書かれている。

 がんにビタミンCが効く、という話を聞かれたことはないだろうか。ずいぶんと昔からあるこの説が有名になったのは、ノーベル賞学者であるライナス・ポーリング(1901〜94)によるところが大きい。なにしろ、ポーリングは、世界に四人しかいないノーベル賞を二回受賞(化学賞と平和賞)したうちの一人なのである。
 ポーリングは、ビタミンCが風邪の予防になる、とか、がんの治療に役立つ、という考えにとりつかれ、論文や著作を発表するようになる。残念ながら、これは晩年のポーリングの名声を下げる効果しかなかったのであるが……。

 風邪引きにビタミンCというのは、効果があるという論文もあるが、ないという論文もある。ということは、たとえ効いてもたいしたことはない、ということだ。摂取量に関係があって、1日あたり6~8グラム摂取すれば、風邪の期間を短縮、といっても1日以下だが、するという論文もある。

 ビタミンCのがんに対する効果については、1970年代から80年代にかけて否定的な論文が出され、一般的には疑問視されてきた。しかし、最近になって、ビタミンCは、やはりがんに効果があるのではないか、という論文がふたたび出され始めている。詳細なメカニズムはややこしいので省くが、がん細胞と正常細胞には代謝の違いがあって、その違いのために、ビタミンCががん細胞に対して選択的に細胞障害を引き起こすというのである。

 確定的ではないが、細胞を使った実験や動物実験だけではなく、ヒトでも、膠芽腫という非常に悪性度の高い脳腫瘍では効果がありそうだというデータが出されている。ただし、ビタミンCだけではなく、標準療法にビタミンCの大量投与を併用する、すなわち補完医療あるいは統合医療として、である。

 大量、というより、超大量投与だ。昔、がんにビタミンCは効果がないという結果が出されたのは、一日10グラム程度を経口で投与するというやり方だった。今回は、一日あたり60グラム強以上を週に三回、それも点滴による投与である。なんとなく、そんなに大量に点滴したら気分が悪くなりそうな気がするが、ほとんど副作用はないらしい。

 こういう研究が発表されると、「ビタミンCはがんに効く!」などと大きく喧伝されてしまうことがある。今回の研究は超一流雑誌での論文だったので、なおさらだ。しかし、現段階では、決してそこまで言うことはできない。膠芽腫での小規模研究だけで、まだランダム化試験がおこなわれたわけではない。
 今後、研究が進み、他の腫瘍でも効果があるなどのエビデンスが重ねられて、補完療法から標準療法へとランクアップしていく可能性はある。しかし、現状ではなんともいえないのである。

 さて、三回にわたった「(できるだけ)がんにならない暮らし」は、これでおしまいです。少しでもお役に立てていたら幸いです。がんについて、もっとよく知りたい方は、ぜひ、拙著『こわいもの知らずの病理学講義』(晶文社)をお読みください。がんについてだけの本ではありませんが、内容のおよそ半分が、がんについてであります。
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仲野 徹
大阪大学大学院医学系研究科教授

1957年大阪市生まれ。大阪大学医学部医学科卒業。京都大学医学部講師などを経て、現在は大阪大学大学院医学系研究科教授。2012年に日本医師会医学賞を受賞。著書に『なかのとおるの生命科学者の伝記を読む』(学研メディカル秀潤社)など。多忙なスケジュールの合間を縫って、活字好きに話題の書評サイト「HONZ」の書評委員(レビュアー)も務める。著書に『エピジェネティクーー新しい生命像をえがく』(岩波新書)など。最新刊『こわいもの知らずの病理学講義』(晶文社)が大ヒット中!

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