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いごごちのカタチ

平川克美の“住めば都落ち”

平川克美

平川克美(立教大学大学院特任教授)
人生の「後退期」もまた楽し。おもしろい話は家のまわりにいくらでも転がっている。
50歳を過ぎたあなたに届けたい達人の「住まい方」指南。

いごごちのカタチ

平川克美の“住めば都落ち”

第21回 路地裏映画館③『ドラゴン・タトゥーの女』

場末から出てきて、場末に帰る

 わたしが生まれた町は、東急池上線の蒲田から五反田へ向かって三つ目の駅にあたる千鳥町である。千鳥舞う、要するに、場末である。
 1950年、戦後5年目の、クソ暑い夏にわたしはこの場末の町の、場末そのもののような産婆にとり上げられた。
 だから、というわけでもないが、わたしは場末を彷徨すると、なんとなく懐かしさを感じ、落ち着くのである。

 小学校の低学年のころ、大きな台風がくるというので、町中が大騒ぎになった。
 いまから考えれば、あれは1959年に日本を来襲し、死者4,697人・行方不明者401人・負傷者38,921人という大惨事をもたらした伊勢湾台風だった。
 被害の中心は、紀伊半島だったが、この台風はその発生より、けた外れの巨大さと狂暴さが伝えられ、実際に日本本土を襲った時には、関東大震災に匹敵する損害をあたえるほどの猛威をふるったのであった。

 わたしは、台風が来るぞという噂の中で、場末の町が俄かに活気づくのを目撃していた。父親は家の戸口に、板切れを五寸釘で打ち付け、つっかいぼうで補強した。
 あちらこちらの家から、にわか大工のトッテンカンの槌音が聞こえてきた。
 不思議なことだが、わたしにはあまり不安がなかった。大人たちはどうだったのだろう。
 あちこちで聞こえる補強工事の槌音が、むしろわたしに元気を与えた。
 それは何だか、これからはじまる壮大な祭りを予感させた。あるいは小さな革命がやってくるようにも感じていたのかもしれない。
「台風が来るぞ」
 その一言で町が活気づいたのは確かである。
「火事と喧嘩は江戸の華」だと、みんなが信じ込んでいたのである。

 安普請の家は吹き飛ばされてしまうから、弱いところに板切れを打ち付けて補強する。
 これはまるで、ロシア革命期のバリケード設営のようではないか。
 今風に言えば個人のプロパティに五寸釘を打ち込むようなことが、ごく自然に行われていた時代があったのである。
 逆に言えば、場末では誰も、財産らしい財産など所有しておらず、ただ生き延びるためにどうすればよいのかということに腐心していたということだろう。
 わが家は、この場末で父親と、その弟、わたしの母と近隣の爺さんでプレス工場を営んでいた。

 父親の実家は埼玉県の比較的裕福な農家で、母親の実家は同じ埼玉県の有数の藍染の工場を営んでいた。[紺元]と言えば、草加の駅から、タクシーが実家の前まで連れて行ってくれた。
 父親は後妻の長男ということで、結婚と同時に実家を出て、東京で無一文の暮らしを始めた。丁度、大田区に雨後の筍のごとく、町工場があちこちに生まれだしていた時代である。これで一旗揚げる。
 これが、父親の星雲の志であった。
 だが、現実には場末の町は貧しく、生活もなかなかうまくははかどらなかった。少なくとも、朝鮮動乱までは。

 伊勢湾台風は、父親の工場がうまく軌道に乗り始めたころにやってきた災厄だったが、幸いにして、わが家の被害は少なかった。
 床下浸水したが、工場の計器類は高い場所に移動していたので、台風一過すぐに仕事がはじめられた。
 ただ、床下浸水し、辺り一面が沼のようになったとき、この時とばかりに便所の汚水を掻き出している近隣のひとたちの姿をいまでも覚えている。
「きったねえな」
 いまなら、誰もが眉を顰めるだろう。
 ただ、当時の日本人たちは、かくのごとく、糞尿とともに生きていたのである。
 農家では、それが肥料になったし、わたしたちも、それを喰らって生き延びてきたのである。
 その頃の空気は、もはや近代国家となった日本には残ってはいない。
 だが、わたしの記憶の中にはかすかに、そのときの風景が残っている。

夢も希望もないのに美しい

 なんでこんなまくらを長々と書いたのか。
 それは、あるひとつの映画作品が放つ強烈な匂いが、わたしに昭和三十年代初頭の日本の風景を思い出させたからである。
 かといって、それは日本のモノクロームの作品ではない。黒澤明の、もろに戦後の風景を描き出したたとえば『酔いどれ天使』や『野良犬』のような、直接的な映像ではない。
 成瀬巳喜男の『浮雲』でもなければ、『おかあさん』でもない。

 むしろ、こうした日本映画とは全く別系統の、現代の、ヨーロッパの、スタイリッシュな映像作品の放っている匂いが、意外なことにわたしを、昭和三十年代の日本に連れ戻したのである。一言で言うなら、それはなつかしさだろう。 
 具体的な風景に対するなつかしさではないのだ。では、何に対するなつかしさなのか。自分で、自分に説明するために少し考察してみたい。
 
 さて、本題に入ろう。
 たまたま、好みの監督であるデヴィッド・フィンチャーの『ドラゴン・タトゥーの女』を観た。 
 これが、大変に面白く、まさにニューヒロインが誕生する瞬間に立ちあったような気持になった。

 ヒロインは背中にドラゴン・タトゥーを背負ったリスベット・サランデルという調査員である。私立探偵のようなものだが、彼女は天才的なハッカーでもあった。耳にも鼻にもピアス。目には隈取り。黒の革ジャンを纏った痩せこけた無口な少女である。自己処罰を続けるためにだけ生きているような、痛々しさを全身に漂わせている。
 この少女の過去に余程のことがあったことが窺える登場である。
 事実、彼女は母娘を虐待する実の父親にガソリンをぶちまけて、そこに火を放ったという悲惨な過去があった。その後、リスベットに生活費を与えている身元保証人からも、性的な虐待を受け続けたのである。

 話は、ミレニアムという雑誌の記者であるミカエルのもとに、大物実業家から40年前に行方不明になった当時16歳の少女の消息を探ってほしいとの依頼が舞い込む。ミカエルは大物実業家の武器密売をスクープしたのだが、名誉毀損で訴えられ全財産を失ったばかりであった。今回のヤマは状況を挽回するには十分な報酬が用意されている。

 ミカエルはリスベットを助っ人にして、この富豪一族にかかわる連続猟奇殺人事件を追っていく。
 わたしが惹かれたのはその猟奇譚ではなく、登場人物たちの異様な暗さであった。そして、その暗さは、リスベットの底知れぬ苦悩によってもたらされているように思えたのである。まあ、ミカエル役のダニエル・クレイグは「007」のジェームス・ボンド役をやっていたおなじみの役者なので、雑誌編集者という設定に上手くはまっていたのかどうかは保留したいところだが、リスベット役のルーニー・マーラはまさにはまり役であった。

 髪を逆立て、鼻ピアスで、始終タバコをふかしている。何を考えているのかよくわからないが天才的なハッカーであり、神出鬼没の二輪ライダー。
 ルーニー・マーラは、この屈託と破壊願望と、自暴自棄を内に秘めている複雑な少女を見事に演じている。
 映画は大変面白く、最後まで飽きることなく楽しむことができた。しかし、何かが足りない。それが何であるのかよくわからなかった。スウェーデン版ドラゴン・タトゥーを観るまでは。

 ネットでこの映画について調べると、この映画には、別の役者、別のスタッフによる先行バージョンがあるとのことであった。
 それが「ミレニアム」シリーズで、スウェーデン映画である。尤も原作のスティーグ・ラーソンはスウェーデンのジャーナリストであり、作家でもあるので、彼の作品がスウェーデンで先に作られたのは、むしろ自然の成り行きであった。監督は、ニールス・アルゼン・オプレブ。

 委細は不明なのだが、この映画のスタッフは、スウェーデン人とデンマーク人の混成チームで、別の監督のシリーズ『特捜部Q』も制作している。こちらも、同じ匂いのする映像であり、同じ価値観を持った映画で、わたしにとっては、掘り出し物であった(すでに、世評は高いようだが、わたしは知らなかった)。

 ともかく、『ドラゴン・タトゥーの女』は、スウェーデン版『ミレニアム』シリーズの作品の出来が良かったためにハリウッド版のリメイクが実現したというのがことの順序であろう。
 問題はこのスウェーデン版の方である。わたしは、こちらのリスベットと、ミカエルのコンビの余りの魅力に打ちのめされてしまった。文字通り打ちのめされたのである。

 とくに、リスベットを演じたノオミ・ラバスには、これまで見たことのないようなパーソナリティを感じ、一気に引き込まれてしまった。
 ノオミ・ラバスは、別の写真を見ると、西欧風の美人なのだが、この映画では歌舞伎役者のようなメイク、手入れしていない腋毛、筋骨隆々たる肉体、吸い込まれそうな眼光で、異形の少女を演じきっている。
 いわゆるホラー作品や、ゾンビものとは違う、シリアスなドラマにおいて、このリスベットの役柄は際立っている。

 ハリウッド版においても、スウェーデン版においても、リスベットが最終的に、編集者ミカエルに思いを寄せるところは同じである。
 ミカエルもリスベットには、特別の感情を持っており、ふたりはセックスもしているのだが、それは二人が捜査をしている特別な時間、いわば非常時のときにだけ成立するひりひりするような肉体関係である。
 日常にもどれば、ミカエルには雑誌社の共同経営者の恋人がいる。
 しかし、リスベットにとっては、日常というものはない。
 毎日が非常時なのである。
 リスベットは、おそらくは、はじめて、ひとりの男に心惹かれ、その気持ちを伝えるべく、行動しようとする。
 その行動は、ハリウッド版と、スウェーデン版では全く違うように描かれている。
 どちらもいい。
 わたしとしては、スウェーデン版の方が好みである。
 ここに、その詳細を書きたいが、ぜひ映画を見比べて、ご自分で判断していただきたい。

 さて、まくらで触れた「なつかしさ」の正体について説明しよう。
 わたしが感じたなつかしさは、風景に対してではないと書いた。
 では、何に対するなつかしさなのか。
 その答えは、『特捜部Q』について触れたところで書いた「同じ価値観」という言葉で象徴されるものである。いったい、「同じ価値観」とは何なのか。
 それを説明するのは難しいのだが、おそらくはこの映画の男の主人公であるミカエルが、リスベットに感じたものだろう。リスベットとは、この世界のあらゆるネガティブなものを一身に背負った存在である。

 日本も、スウェーデンも、こうしたネガティブなものを克服することで、近代化を成し遂げてきた。いや、近代化の過程で、ネガティブなものが持っていた、あるいは、持たざるを得なかった価値観というものを切り捨て、忘れてきた。
「夢も希望もないのに美しい」ものは、ネガティブなものを背負う人間が、何かに耐えている姿であり、何かに祈っている姿である。
 たらふく食って、充足した生活の中には、こんな「忍耐」も「祈り」も不要だろう。

 しかし、リスベットがひたすら肉体を鍛えている姿を形容する言葉を探すとすれば、それは「忍耐」と「祈り」しかないように思えるのである。
 耐えるしかない。祈るしかない。
 こういう現実があることを、この映画は思い出させてくれるのである。

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平川克美
立教大学大学院特任教授

1950年東京生まれ。早稲田大学理工学部機械工学科卒業。現在、株式会社リナックスカフェと株式会社ラジオカフェで代表取締役をつとめる。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科特任教授。著書に『ビジネスに「戦略」なんていらない』(洋泉社新書y)、『株式会社という病』(文春文庫)、『移行期的混乱―経済成長神話の終わり』(筑摩書房)、『小商いのすすめ』(ミシマ社)、『俺に似たひと』(医学書院)、『「消費」をやめる~銭湯経済のすすめ』(ミシマ社)、『路地裏の資本主義』(角川SSC新書)など。最新刊は『「移行期的混乱」以後——家族の崩壊と再生』(晶文社)

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