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いごごちのカタチ

平川克美の“住めば都落ち”

平川克美

平川克美(立教大学大学院特任教授)
人生の「後退期」もまた楽し。おもしろい話は家のまわりにいくらでも転がっている。
50歳を過ぎたあなたに届けたい達人の「住まい方」指南。

いごごちのカタチ

平川克美の“住めば都落ち”

第19回 路地裏映画館①『この世界の片隅に』をめぐって

話の顛末

「なんか、隣町珈琲通信もネタ切れになっちゃったよ。もう止めようか」
「何、言うてはりますねん。続けてくれな、困ります」
「だって、もう飽きてきちゃったんだよ」
「また、そないなことおっしゃる。何でもいいですよって、続けてくれんと」
「何でもいいの。そんじゃ、現代詩のつまんない話でもいいの」
「あ、いや、なんちゅーか……」
「現代詩の話は他でやっちゃったしね」
「ヒラカワさんならではの、ひねりの効いたやつをガツンと」
「そんなのねぇよ。おれ、才能ないんだから。ひねったら筋肉痛になっちゃうし」
「いや、なにをおっしゃります」
「いまね、何もする気がしないのよ。毎日映画ばかり観てるし」
「あ、それいいですね。映画の話」

 ということで、新企画「路地裏映画館」が始まることになったのです。
 あまり仕事がしたくなくて、ぞんざいな受け答えをしていたつもりが、すっかり、中島社長の策略にはまってしまったわけです。

 あの会話のとき、わたしの頭の中には、これまであまり取り上げられてこなかった、地味で、暗く、評判もいまひとつといった映画ばかりを選んで、映画館の暗がりの椅子に身を沈めて時間を潰しているような、そんな気分の文章を書いていこうかと思っていたのです。

 それで、ノートにこれまで観てきた映画のうちで、何か書けそうな題材を箇条書きにしてみたのですが、そのリストを改めて眺めてみれば、どれも、無名の地味な作品ではなく、名作といってよいものばかりでした。
 そりゃそうです、地味で無名な作品なんて、ほとんど観ていないのですから。

 しかし、名作について語るということならば、錚々たる映画評論家が、幾多の名解析をしているし、とてもわたしの出番はないように思われます。
 だいいち、ここ数日のように、一日に二本も三本も映画を見続けていると、話の筋がこんがらがってしまって、そのうち、何を観たのかという記憶もぼやけてしまうというありさまなのです。

 まるで、とても面白い夢を見たのに、夢から覚めたら、どんな夢を見ていたのか思い出せないといった塩梅なのです。
 ちなみに、ノートに書きつられた映画は次のような作品です。

赤目四十八瀧心中未遂
WEEKEND BLUES
運命じゃない人
アフタースクール
百円の恋
あん
萌の朱雀
息もできない
国際市場で逢いましょう
舟を編む
なんちゃって家族
ビリギャル
No boys, no cry
遠い空の向こうに(October Sky)
ウォリアーズ
サウスポー
チャンス商会〜初恋を探して
ドラゴン・タトゥーの女
特捜部Q 檻の中の女
沈黙
イミテーションゲーム/エニグマと天才数学者の秘密
アンダーグラウンド

 まだまだあるのですが、やはり、どれも評判の名作ばかりです。
 これらの映画については、それぞれ強い思い入れもあるし、いずれ語ってみたいという気持ちもあるのですが、果たして、どこまでディテールを辿れるのか、覚束ないところもあります。そもそも、特別に映画について造詣が深いわけでもないし、路地裏老人が映画について語ったものなんか、誰が読みたいと思うのでしょうか。

「あの映画よかったよ」「うん、じゃ、観てみるね」
 それでいいじゃないか。
 そんなことをぼんやりと考えていたら、中島社長から催促がきたのです。
『この世界の片隅に』を、ヒラカワさんがどんなふうに観たのか、書いてくれませんか、と。

 アッチャー。
 一番、語りずらい作品をぶつけてきましたね。
 確かに観ましたよ。映画館で。
 で、よい映画だなぁとも思いました。
 誰もが、この映画のことを熱く語っていることも知っているし、原作を取り寄せて読んだりもしました。
 だからこそ、語りづらいのですよ。

 なにしろ、この作品に関しては、およそ考えられる先達が、微に入り細に穿つような解説をしてくれているし、そのどれもが、わたしの気の付かなかったことを教えてくれているのですからね。
 町山智弘さんの解説を、音声で聴きましたが、目の付けどころの的確さ、記憶の確かさには、舌を巻くほかはありません(尻尾も巻きましたよ)。

 他にも、友人である菊地史彦さんが朝日新聞のWEBRONZAに投稿した、「『この世界の片隅に』論〜少女漫画の型を破った 愛らしく強靭な、『居場所』をめぐる物語」という論考には唸ってしまいました。

 菊地さんの『この世界の片隅に』論は、こんな風にはじまります。

 『この世界の片隅に』は、題名にも明らかなように、「居場所」をめぐる物語です。
 「私」が住まう、この世界のわずかなスペースは、たまたま許されただけの“故なきもの”なのか、それとも「私」が私であるという理由によって確保しうる“故あるもの”なのか。そうした問いが、主人公に向けて幾度も繰り返されるきわめて存在論的な物語です。

 いやぁ、いいですね。この映画をこんな角度から観る菊地さんの志の高さに拍手したい気持ちになります。確かに、この映画は「居場所」をめぐる物語であるととらえれば、視座がかちっと定まる感じがします。

 菊地さんは、主人公すずと、娼婦であるリンとの関係を通して、ふたりが、自分の居場所を失いかけたり、探し出そうとしたりしている様子を、映画の中に追っていき、同時に「居場所探し」が1970年以降の少女漫画の最重要テーマであることも明らかにしていきました。

 ところで、すずとリン。どちらも、金属の名前とのダブルミーニングであり、一方は輝きのない地味な金属であり、一方は白熱し、燃え尽きるような金属です。
 そして、リンにこんなふうに、語らせる場面があります。
「誰でも何かが足らんぐらいでこの世界に居場所はそうそう無(の)うなりゃせんよ すずさん」
 ここから、この物語は、急速に展開してゆくのです。

後ろ姿が語る物語

 どうやら、わたしは中島社長の策略に完全にはまってしまったようです。
すでに、『この世界の片隅に』について語り始めてしまっているのですから。
そうなのです。

 この映画は、ひとつの場面、ひとつのセリフ、ひとつの音楽、あるいはこの映画について語ったひとつの評論を目にし、耳にしただけで、何かを語らずにはおかないような強度を持っているのです。
 それを、伝播性の強度と言ってもよいでしょう。
 では、それはいったい、どこから来るのでしょうか。
これから、わたしが語るのは、この物語の伝播性の強度についてということになります。

 この物語は、確かに戦争というものを、普通の、どこにでもいる庶民の視線から描き出すことに成功しています。
 そして、すずとリン、北条周作と水原哲という四人の男女の関係が、物語の動力になっています。地方都市の地味な娘と、遊郭の遊女、呉鎮守府書記官である平凡で気の弱い周作と、軍用艦青葉の水兵であるガキ大将水原哲。このお互いにポジとネガの関係にあるような四人が、引かれたり、離れたりする磁場が、物語の舞台になっています(映画では、リンと周作の関係に関しては、ばっさりとカットされている)。

 軍港・呉と、平和な地方都市広島もまた、好対称な場所なのです。
 戦争は、かれらの命運を思わぬ方向へ引きずり込んでいきます。
 明日のことは誰にも分かりません。安全だと思っていた広島が原子爆弾で壊滅してしまいます。

 右腕だけが自分を表現する手段だったすずは、その右腕をなくしてしまいます。
 ほとんど偶然に所帯を持つことになったすずと周作は、やはり偶然のように生き残り、やがてお互いにかけがえのない存在となっていきます。
 大きな戦争という物語の下には、いくつもの小さな、人間の物語があったのです。
 そこでは、必然が偶然によって破壊され、偶然が必然によって再生されたりするのです。
 このあたりまえのことを、この映画はあらためて気づかせてくれるのです。

 わたしの場合、この映画について特に強い印象を受けたシーンが三つありました。
 ひとつは、冒頭部分でかすかに聞こえてくるコトリンゴの囁きのような歌声「悲しくてやりきれない」であり、もうひとつは、菊地史彦さんも紹介していたリンの「誰でも何かが足らんぐらいでこの世界に居場所はそうそう無うなりゃせんよ すずさん」という台詞です。
 そして、最終の、夕暮れの呉の町を、すず、広島で拾った孤児を背負った周作の三人が、歩いていく、その後ろ姿のシーン。

 「悲しくてやりきれない」という歌を聴くと、わたしは胸がいっぱいになってしまいます。その理由は、極めて個人的な事柄によるものなのですが、この映画のテーマと関係がないわけではありませんので、書いてみましょう。

 この歌は、作曲家・加藤和彦が、15分間で書き上げたものです。加藤自身がそのように言っているのです。フォーク・クルセダーズが歌った名作「イムジン河」(この歌は井筒和幸監督の『パッチギ』で流れていたのでご存知の方も多いのではないでしょうか)が、政治的な理由で放送自粛になったときに、代替歌として加藤が作曲することになったのです。パシフィック音楽出版の会長室にかんづめにされた加藤が、「イムジン河」のコードを逆からなぞっていったら「悲しくてやりきれない」が出来上がったというエピソードが残っています。
 作詞は、サトウハチローです。

 町山智弘さんも、指摘されていますが、『この世界の片隅に』の中で、昭和20年6月の呉の駅前で、学校報国隊の女学生が軍歌「勝利の日まで」を歌っているシーンがありますが、この歌の作詞もサトウハチローです。
 まだ、高校を卒業して間もない頃、わたしは友人とふたりで、自分の家でこの「悲しくてやりきれない」を演奏し、録音したのを覚えています。わたしも、友人も、この頃から、自分の居場所を失っていくのです。まあ、それほど大げさなことではないのですが、誰にとっても、青年期というのは、家族的紐帯からほどけて、自分の居場所を見失う時期に重なっているということです。

 そんな個人的な記憶もあって、「悲しくてやりきれない」という歌を聴くと、わたしは居場所を失って、彷徨い始めた青年期を思い出して、何とも言えない気持ちになってしまうのです。
 で、映画は、コトリンゴがささやくようにこの歌を歌うシーンから始まるわけです。わたしは、一気に、自分の青年期を過ごした時代(1960年代後半)へと引き戻されることになりました。

 そこに、「誰でも何かが足らんぐらいでこの世界に居場所はそうそう無うなりゃせんよ すずさん」というリンさんの言葉が覆いかぶさるものですから、「やられた感」でいっぱいになるわけですね。
 映画の詳細には踏み込みません。
 ラスト近く、広島で戦災孤児を拾い、呉に戻ってくるシーンでは、いくつもこれまで観てきた映画の忘れがたいシーンが甦ってきました。

 たとえば、チャップリンの『モダン・タイムス』のラストシーンで、チャップリンとヒロインが手を繋いで一本道を歩いていく後ろ姿のシーン。
 小津安二郎のサイレント映画の傑作、『大人の見る繪本 生まれてはみたけれど』で、父親とふたりの息子が家から出て、線路際まで歩いていく後ろ姿のシーン。
 わたしが初めて見た洋画『シェーン』で、馬上のシェーンが去っていくラストシーン。
 
 この映画の、夕暮れの呉の街を、孤児を背負う周作と、すずさんが歩いていく後ろ姿のシーンは、そうした先達が描いてきた後ろ姿の再現です。

 この「後ろ姿」は、やはりグッときますね。
 誰も手出しができないほど、強いメッセージを含んだ絵がそこにあります。
 映画は、この後、ちょっとしたエピソードがあって終わるのですが、本当の物語はここから始まることが暗示されています。そして、その物語こそ、「現在」へと接続されているのです。

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いごごちのカタチ

平川克美
立教大学大学院特任教授

1950年東京生まれ。早稲田大学理工学部機械工学科卒業。現在、株式会社リナックスカフェと株式会社ラジオカフェで代表取締役をつとめる。立教大学大学院ビジネスデザイン研究科特任教授。著書に『ビジネスに「戦略」なんていらない』(洋泉社新書y)、『株式会社という病』(文春文庫)、『移行期的混乱―経済成長神話の終わり』(筑摩書房)、『小商いのすすめ』(ミシマ社)、『俺に似たひと』(医学書院)、『「消費」をやめる~銭湯経済のすすめ』(ミシマ社)、『路地裏の資本主義』(角川SSC新書)など。最新刊は『「あまのじゃく」に考える』(三笠書房)

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