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いきかたのカタチ

ぼくが農家になった訳

橘 真

橘 真(甲南醸造所倭文土井農園経営)
淡路島で農業に従事するかつての名ソムリエが、
日々自然を相手に時間をかけて農作物を育てることの楽しさ困難さ、喜怒哀楽をコラムにのせて。

いきかたのカタチ

ぼくが農家になった訳

第14回 ヒヨコが産まれた

「ヒヨコが産まれたよ」「ヒヨコ産まれた」「ヒヨコ産まれた」
 弟と兄の、ヒヨコが好きな二人の兄弟は、お母さんに教えてもらって家の鶏小屋の前まで走ってきた。
「ヒヨコが産まれた」
 二人の兄弟は家の鶏小屋で、今産まれたばかりのヒヨコ達の前に屈み込む。
ヒヨコ達はお母さん鶏の足下の、柔らかそうな羽毛から顔を覗かせている。
 二人の兄弟は少し警戒して後ずさりしようとするお母さん鶏にずっと近寄る。
「こんにちは」お兄さんが挨拶してくれる。「こんにちは」弟も挨拶する。

 兄弟は目の前の産まれたばかりの小さなヒヨコを、じっと観る。産まれたばかりの小さなヒヨコの身体はよく見ると、濡れて規則正しく、小さく脈動している。

「ねえ、動いている」「うん」
「心臓って言うんだよ」「シンゾウ?」
「そう、シンゾウ」
 弟はそれを聞いて、少し居心地がよくないのか、身体をもぞもぞさせる。

「ずっと?」
「なに?」「ずっと動いているの?」
「うん、そうだよシンゾウ、ずっと動いている」
「そう?」
「うん」
 ヒヨコは寝てしまったのか、床に平べったくなって動かない。見ていると時おりまばたきする。

 鶏小屋の前に屈み込んでいる二人。二人の前で床に平べったくなったヒヨコは動かない。
 二人はじっと観る。「眠っている?」「うん」
「……」
 弟は身体をもぞもぞさせる。
「どうして?」「どうして眠っていることがわかる……ってこと?」
「そう」「大丈夫」
 兄がヒヨコの口元を指でつつくとヒヨコは目を開けて少し身震いする。
 それを見て弟は安心する。
 お兄さんがヒヨコ大丈夫だって。

 弟は屈み込んだ鶏小屋の前で改めて鶏小屋のなかをあちこち見回すが、昨日と変わったところはなさそうだ。いや、わからない、自分にはきっとたぶん、どこかが変わっていてもわからないだろう。ちゃんとお兄さんに訊かないと。
「昨日と同じですか?」
「うん、昨日と同じだよ」

 産まれたヒヨコは1、2、3……4、5、6羽。
 金銀の入った笹色、赤笹色。お母さんと同じ浅葱(あさぎ)色が2羽。真黒色(しんこく)。
 頭の先からつま先まで真黒色の二羽はまだ小さくて震えてる。

 お兄さんがヒヨコ電球を取り出して見せてくれた。それは「ヒヨコ電球」という名から連想する、どこか夢想的なものではなく、メカニカルにニッケルクローム線で出来ている。定かに工芸然としたヒヨコ電球を二人は震えてる二羽の小さなヒヨコの前につけてあげる。ぼんやりとしたニッケルクローム線のオレンジ色の光。小さなヒヨコ達二羽は少し寒かったのか、すぐに平べったくなって暖かいオレンジ色の光の下で寝てしまった。
 その様子を見ていた二人は少しほっとする。弟はヒヨコの周りの藁屑をつまみ上げ、寄せて、寝てしまったヒヨコの上に少し掛けてあげる。

 兄はその夜夢を観る。
 それは人の姿をした雄鶏が夜中に里に降りてきて、弟を山に連れて行ってしまう、という夢である。弟は雄鶏達にいざなわれるように山に帰っていく。
 弟はそこで、どこかすこし、安堵しているように見える。

 兄はそれからもしかしたら、弟の失われた世界で暮らしてきたのかも知れない。
 それは兄にとって、どこか自然に恒常的に、何かの音がずっと聴こえないというような種類の喪失である。あたかも聴こえるべき時に内省を示し、聴こえるべき時に身体の内側から聴こえてくる確信の喪失、というようなものである。

 あのとき産まれた6羽のヒヨコも今ではすっかり育ち、群れに紛れると、それが当時としてどのヒヨコだったのか区別できないほど大きくなった。弟ははたしてあのとき、どこかに行ってしまったのだろうか? 兄は思う。陽炎。
「お兄さん、昨日と同じですか?」
「うん、昨日と同じだよ」

「シンゾウ」は今でも血流をかつてヒヨコであった鶏達の身体に送り続けている。

「異類」あるいは「異形」という言葉は、もとより古くから使われているが、鎌倉期以降、しばしば「異類異形」とつらねられて用いられる場合をふくめ、一種の妖怪、鬼、鬼神などについての形容にさいしての用例が多い。
 しかしとくに鎌倉期以降、しばしば人間の服装、姿態などについて、この語は否定的、差別的な意味で用いられるようになってくる。そこに、鬼や妖怪に近い存在を具体的な人間に即して見出そうという志向が入っていることとは間違いないとはいえ、鎌倉後期から南北朝期にかけて「異類異形」といわれ人々をその実態に即してみるならば、決してこれを直ちに社会的に差別された人々とはいい難く、むしろ恐れ、畏敬の目をもって見られる場合すら見出しうるのである。

(網野善彦「異形の王権」摺衣と婆娑羅 平凡社1993年P23)

「金銀ヲチリバメ、鎧ハラマキテリカガヤクバカリ」という異類異形の婆娑羅(ばさら)の姿を当時として詠んだものは、倭鶏(チャボ)の金銀の笹柄の羽色出で立ち(はねいろ、いでたち)を詠んだものであろう。

 近頃各地で行われている野外での「地産地消」のマーケットイベントで最近感じるのは、それらイベントがもつ「音楽」との親和性の高さであろう。農業はそのようにして音楽に解体されながら、現代と親和性を保つ。
 そしてそこでの音楽は、僕たちが想像する以上におそらくずっとプリミティブである。

 近頃各地で行われている野外での地産地消のマーケットイベント、そこで僕たちが出会うのは、奏者演者の文字通り覆面、裹頭(かとう)の、どこか厳重とも言うべき大きな麦わら帽子、手拭い、頬っ被りの、その禁欲的な姿である。そこではすでにその音楽はなにかを通り越して、そこで奏でられるべきそれら異類異形の過剰な音を、「形」としてすでに継承しているのである。

 それではここで言う地産地消、「異類異形の形」として継承しているものとはいったい何なのであろうか? 地産地消という名で呼ばれている、僕たちの前を日常的に流通しているものはもちろんそれだけでなく掴まえようもなく多いが、地産地消のつまるところのその中心は、おそらく発酵食品、保存食の事であろう。

 僕たちは(奏者演者たちは)「地産地消」を前にして、微生物たちが「発酵食品~保存食」にその姿実質を変えやすいようにと、音楽を奏でて機嫌よく活動しうる環境を整える。僕たち奏者演者は、微生物達に、環境に、(音ではなく形として)律動を送り込む。僕たち奏者演者は合掌する。

 現代に甦ったマーケットは「異類異形の覆面、裹頭(かとう)」、「音楽のプリミティブな律動」、「発酵食品~保存食」、をめぐって再来している「形」に他ならないであろう。そしてそのなかで、僕たち奏者演者とは、かつての二人の子供である。

 二人の子供は暗闇のなかで「金銀ヲチリバメ、鎧ハラマキテリカガヤクバカリ」という異類異形の婆娑羅(ばさら)の姿の脈動する血流を想像し、その「シンゾウ」を静かに注視し続ける。


※裹頭(かとう)=僧侶の、頭を袈裟(けさ)などで包み眼だけを出す装い。かしらづつみ。


2013年の4月に住ムフムラボのWEBサイトがはじまって以来、
ずっとこのコラムをご担当いただいた橘真さんが、10月24日に逝去されました。
食道がんの闘病中にも熱心に本コラムの執筆にお力を注いでいただいた
橘真さんのご冥福を、心からお祈りいたします。合掌

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橘 真
甲南醸造所倭文土井農園経営

1965年神戸市生まれ。神戸を代表するレストランとして一時代を画した[ジャン・ムーラン]のソムリエを経て1994年に北野のワインバー[ジャック・メイヨール]の店主に。闊達でフレンドリーな店として人気を博す。その後淡路島に移住し、2009年南あわじ市の「甲南醸造所倭文土井農園」を立ち上げ、淡路島内外のレストランに野菜、卵、蜂蜜、の直接販売を手がける。著書に『哲学するレストラトゥール:自給自足の有機農業で実践する「贈与への責務と返礼」』(ブリコルール・パブリッシング)。2017年10月24日逝去。

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