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いきかたのカタチ

絵を飾る人のキモチ

橋爪節也

橋爪節也(大阪大学総合学術博物館教授・前館長)
「あの人は、どんな絵と共に暮らしていたか」。
気になるお題を、美術史家が豊富な事例とエピソードを添えて解き明かす。暮らしのヒントも。

いきかたのカタチ

絵を飾る人のキモチ

第13回 “宗教都市・大阪”を求めて堂本印象に至る
〜盂蘭盆の四天王寺と輸出繊維会館の壁画~

 街中が、セミの声になって喧しい8月。ことしもねっとりして暑い。昨年は確か、涼を求めて襖絵について思いを馳せ、文化財として国宝重文に指定され、巨匠快心の名作であったとしても、それは室内を飾る壁紙であり、環境絵画でもあるというお話をした。

 部屋ごとに襖絵がどう描き分けられるか、居住する側の目線とプロデュースする側(画家)の目線で考えてみるのは、自分の家の内装をどう工夫するかにもつながって楽しい。
 クライアントの快適な居住空間を求めて、いかに画家たちが、工夫し、発明したかの裏話は尽きないが、高度にこみいった彼らの制作マニュアルを語るには、暑さにやられた私としては、少し気怠い。
 この話題は後日のお楽しみとして先送りし、今回は、身近な大阪夏の風物詩、四天王寺の盂蘭盆(うらぼん)の話からはじめましょう。

 五木寛之さんが大阪と京都を論じた本が、『宗教都市・大阪/前衛都市・京都』(講談社/2005年、ちくま文庫/2014年)である。題名に少し違和感はないだろうか。神社仏閣に囲繞(いじょう)され、各宗本山がでーんと大伽藍を構える京都が“宗教都市”ではなく、大企業から中小企業までがひしめきあった大阪の方を“宗教都市”と呼んでいる点である。 

 詳しくは同書をお読みいただきたいが、商人の町として現実を見据えたリアリズムの街・大阪で、金儲けを肯定し、遠慮なく商売に邁進するには、不浄のものとされた金銭を求める活動を肯定する、宗教的な理念理論と信仰心が要求されたというのである。

 テレビのワイドショーなどでも、やたらと“マネー”が気になる新自由主義の現代だが、“宗教都市・大阪”とは、実に逆説的な発想でおもしろい。むしろ、当の大阪人の方が、自分たちの信心深さに気づいていないようにも思えてきた。

 無宗教のような私も、こどものころ、親に連れられて盂蘭盆の四天王寺(大阪市天王寺区)に連れて行かれて以来、同寺で催される万灯供養法要(8月9日~16日)を、なんとはなしに見に行く習慣がついている。冷房の効いた書斎でさきほどまでキーボードを叩いていたはずだが、日の暮れ、気づけば、西門の石鳥居前に立っていたりするわけだ。

 扇子をぱたぱたさせながら、残暑厳しい折なのにまたここに来てしまったとぼやきもするが、一万本灯されるろうそくの明かりのなか、僧侶たちが経典を唱え、蓮をかたどった散華を撒いて練り歩く四天王寺の回廊内に踏みいれば、別天地である。

日想観( 日想観=西に沈む太陽を見て、その丸い形を心に留める修行法。極楽浄土を見る修行の一部で、観無量寿経に記される)で有名な極楽門も、燈籠が幻想的である。(筆者撮影)



金堂や五重塔の周辺は、故人の名を記したロウソクがたくさん並べられて美しい。参詣者のほとんどは亡き肉親を偲びに訪れており、僧侶を先頭に「般若心経」を唱えながら回廊の中をまわっていると、宗教都市・大阪を実感する。私はロウソク三本を献灯した(筆者撮影)


 あたり一面、熱気で暑いが、美しくゆれる幻想的な焔をみていると、一年中でこの瞬間ほど、敬虔な気持ちになる時は少ない。
 毎年かならず、ここではっとして五木さんの批評を思い出す。たくさんの老若男女が詰めかける万灯供養法要。ああ、“宗教都市・大阪”がここにある。なるほど、と膝を打つ。

 真夏に出現する聖なる空間のなかで、遙かな昔、この地球上に確かに存在していた無数のご先祖様の気配を感じたり、巨大な宇宙や無窮の時に、自分の体がつながっている不思議さも感じて、なにもかもが納得できるような気がする。

 家族のことに懐かしい気分もこみあげてくるし、ペットもそうだ。20歳5カ月で昇天した愛猫チャビタのため、献灯のろうそくに火をつけたら、なあーっという鳴き声が聞こえた気がした。道頓堀のリバーサイドで催される「道頓堀川万灯祭」にも、チャビタにちなむ献灯をさせていただいている。

 愛染祭ではじまる祭り月。天神祭、住吉祭から盂蘭盆や地蔵盆に至る夏の大阪は、観光客のためではない、地元の住人のための行事がつづき、大阪は“宗教都市”としての表情を豊かにみせてくれる。

 ここから本題である。
 万灯供養法要の期間は、古風な四天王寺式で再建された金堂、講堂、五重塔のなかを夜も参拝できる。堂内に著名な日本画家が揮毫した仏教壁画を、回廊からのろうそくの光も混淆した神秘的な灯りで鑑賞することになる。

 金堂の壁画は中村岳陵(なかむら・がくりょう/1890〜1969)、講堂は郷倉千靭(ごうくら・せんじん/1892〜1975)、五重塔は山下摩起(やました・まき/1890〜1973)が筆を執った。加えて最近、私が関心を寄せている著名な日本画家がいる。

 堂本印象(どうもと・いんしょう/1891~1975)である。京都の画家のイメージが強い印象だが、大阪でも戦前から活動している。
 初期の明治45年(1912)、印象21歳の年に杉本梁江堂から刊行されたイラスト集の『いの字絵本 恋の都大阪の巻』では、南地の芝居町や花街の女性から、モダンな女学生、私鉄に乗る女性など大阪の女性が躍動する。

 大家としての名声を確立した後の画業では、昭和9年(1934)の室戸台風で倒壊したため再建された四天王寺の五重塔の仏画がある。塔の初層に《本尊四仏像》《四仏浄土図》《十二天像》《八部衆像》を描き、昭和15年(1940)の新塔供養で公開された。

 復興した伽藍は5年後の空襲で焼失し、現在はさらに戦後再建のものだが、印象が描いた仏画は、『四天王寺宝塔壁画』(立命館出版部/1941年)に詳しく、昭和15年に大阪朝日新聞社・東京朝日新聞社が海外向けに発行した『PRESENT-DAY 2600TH ANNIVERSARY NUMBER』 にも、制作風景や塔の内部写真が掲載されている。

四天王寺五重塔の壁画を制作中の堂本印象。壁画は完成の五年後、大阪大空襲で焼失した(『PRESENT-DAY 2600TH ANNIVERSARY NUMBER』より)

 印象は戦後も大阪で活躍する。昭和38年(1963)、豊臣時代の細川家の屋敷跡に、長谷部竹腰建築事務所(後の日建設計)を設立した長谷部鋭吉(1885~1960)の設計で大阪カテドラル聖マリア大聖堂(中央区玉造)が建てられた。

 祭壇正面の《栄光の聖母マリア》と、それをはさんで、左に《最後の日のガラシア夫人》、右に《高山右近》を描く。壮麗なこの大壁画揮毫の功績によって、ローマ教皇ヨハネス二十三世より聖シルベストロ文化第一勲章を授与された。

 夏の涼を求める意味合いもこめて、もう一箇所紹介したいのが、祭壇画の3年前、昭和35年(1960)に、大阪市中央区備後町に村野藤吾(むらの・とうご/1891~1984)の設計で竣工した輸出繊維会館の壁画である。

南玄関1階のエントランスは天井高5m。『べっぴんさん』では「会社が成長して大きなビルに移転」という設定で登場。壁画が何度も放映された

 ガラスモザイクタイルによる巨大な壁画で、NHK連続テレビ小説『べっぴんさん』のロケにも登場した。吹き抜けになった1階ホールを中心に、2階や階段部分でつながった地階へと画面が展開する。海外への輸出繊維のビルであり、大海原をイメージしたのだろう。晩年の印象が追求したカラフルな抽象画のフォルムが、ダイナミックに流動して自由自在に広がっていく。

 さらに、印象の原画で龍村織物が制作した帆船のタペストリーもある。高度成長期のエネルギーだろうか、勢いがあり、停滞した現代と比べてうらやましいほど明るい。

輸出繊維会館、地下の会議室前室にあるタペストリー「船と虹」

 印象は、昭和41年(1966)、京都市北区平野上柳町に自らの設計による個性的な美術館(現・京都府立堂本印象美術館)を開館させた。現在、美術館は、リニューアル工事で2018年春頃まで休館だが、来年の再オープン後、ぜひ行かれたらいい。外観も内部も、堂本印象の強烈なヴィジョンで満ちあふれている。



京都府立堂本印象美術館 外観

 大阪万博をはさんで印象は、前年の昭和44年(1969)に苔寺で知られる西芳寺、昭和46年(1971)には法然院にも膨大な点数の襖絵を描いた。

堂本印象《静風自来》(部分)法然院方丈

 80歳を迎えようとしながらも、すべて抽象絵画による襖絵であり、まったく衰えを知らない創作意欲に圧倒される。

 清らかな谷川が流れる山水や、小鳥が飛び、さえずる花鳥画など、部屋で憩う自分が、あたかも四季の自然に囲まれているかのように錯覚させる、環境絵画としての襖絵とは異なり、抽象絵画の襖絵に囲まれて生活するのはどんな気分だろう。

 印象の強烈なパワーに吹き飛ばされそうになりながらも、美しい色彩や躍動するフォルムに刺激され、夏バテも吹き飛ぶ爽快感があるかも知れない。宇宙から地球を眺めるように、人間の小ささを悟り、突然の啓示を受けたりするかも知れない――。

 万灯供養法要から四天王寺つながりで、フラフラと堂本印象の壁画の話をしてしまった。最後に、この時期、私はお盆のお迎え提灯がとても好きである。

 路地奥の家のスダレの向こうにそれが見えたり、人を訪問して静かで仄暗い座敷で、お迎え提灯の明かりを見ると、もうたまらない。美しい。真剣に美し過ぎる。うだるほど暑苦しい人生を満員電車のように詰め込んだこの世にあって、くるくるまわって、清浄な魂のマイナス・イオンを放出しているのではないか。

 この夏は、展覧会やら研究会やらの仕事が重なったうえ、打ち合わせを兼ねた会合や懇親会も多くて、帰宅が遅くなっている。好き好んで遊んでいるのではない。年齢的にも体にこたえている。

 そんな夜半には、「牡丹灯籠」のお露さんのように、お迎え提灯を手に、ひらひらと夜の街を廻ってみたいと思う。それにわが家にも、綺麗なお迎え提灯が吊ってあれば、喜んで帰宅するのになぁとため息をついたら、そうしたことは幽霊になって、化けて出てからにしはったらどうですか、ビアホールか赤提灯の明かりに群がる蟲でもあるまいし、と叱られました。

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橋爪節也
大阪大学総合学術博物館教授・前館長

1958年大阪市生まれ。東京藝術大学助手を経て大阪市立近代美術館建設準備室主任学芸員、現在は大阪大学総合学術博物館教授・前館長。近世近代の美術史を研究し、編著書に『大大阪イメージ─増殖するマンモス/モダン都市の幻像─』(創元社)など。今春、八尾市立八尾図書館に開設された「今東光資料館」の基本構想を座長としてまとめた。

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