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いごごちのカタチ

わが家のいとしい残像

平野 愛

平野 愛(写真家)
その日の記憶を文字だけでなく写真と一緒に残せたらどれだけ素敵だろうか。
身の回りの「残像」を積み重ねていく楽しさを書きとめていきます。

いごごちのカタチ

わが家のいとしい残像

第13回 整えて、少しすすむ

 師走の少し手前、義父が亡くなった。69歳だった。

 喉に癌が分かったのはちょうど1年前。すぐに手術をしたけれど、声を失い、ステージ4からの闘病生活が続いていたところだった。「すぐに、来て」とメールが入った日、とにかく“先に”と夫を送り出し、こどもを学童に迎えに行き、その足で奈良の夫の実家に駆けつけた。親族一同が見守る中、わたしとこどもが最後に到着と同時に、息を引き取った。

 人が死ぬところを見たのは、人生で2回目だ。

 一度目は祖母。それも20年前のこと。目を閉じてあげた手の感触はまだここにある。柔らかくて、案外するすると閉じるものなのだなぁと思った。

 義父の目は、看護師さんが閉じていた。その風景を見ながら、すぐ近くにいた息子たちがやってあげられたらよかったなぁ。いや、でもまだ心が整わないかな。これでよかったのかな。と、見たことないくらい泣いている夫の姿を見ながら和室の片隅で考えていた。そうして数分後、こどもが言った。

「あ、こんがいった」

 最初、「こん」の意味が分からず、何を言うているのかと思ったら「魂」のことだった。ぴゅっと出て、玄関を通り越して、リビングの窓から出ていったらしい。その数秒後に、病院の先生が玄関に到着されたので、きっとタイミングを合わせてぴゅっと出ていかはったんやなぁと思った。
 工学博士だった義父は、口数の少ない、控えめでシャイな人だった。そんな義父らしい姿に思えた。義母と夫にそれを伝えた。みんなの心を整えたくて。

 思い返せば、どうしたら「整うか」ばかり考えていた数ヶ月だった。

 緊急入院してもう長くはないかもしれないと聞いた日、わたしは何ができるのか。みんなで撮った記念写真と、少し昔のお父さんのかっこいいポートレイトを小さな額に入れて病院へ持っていった。飾ってみてもらったけれど、いまここで写真をバシバシ撮って残そうとは思わなかった。

 ファインダー越しに見る自分の視線からでなく、恥ずかしいけれど「ありがとう」とか、「さようなら」とか、「また、会おうね」とかの気持ちをこの瞬間に直接伝えたかった。その時ふと、その場のみんなで、しっかりと握手するのがいいんじゃないか、そう思った。大人になって、案外、お父さんの手など握ったことがないんだから。

 それを動画で残した。こどもたち、夫たち、義母……途中から撮影する手が震えて、兄嫁に代わってもらい、自分も握手した。初めて握手したその手は大きくて、するするしていた。

 奈良の教会で義父を送って、ちょうど1カ月が経ったクリスマスの日の朝。我が家にソファが届くことになった。この家に住んでからはソファのない3年半を過ごしていた。不便ではなかったけれど、置きたいものを考えているうちに、時間が経ってしまっていたのだ。

 ようやく決めたソファをオーダーしてから3カ月半。本当はもっとかかると聞いていたのだけれど、何というタイミング。こどもと大急ぎで掃除をして、待ちに待ったソファを迎え入れる準備をすすめた。

 ソファ分の空間が狭くなるため、こどもには、ずっとリビングにそびえたっていた室内用ジャングルジムに「さようなら」してもらった。いつも通り、記念写真を撮って、解体していく行程は写真に残した。
 整ったところで、「あと5分で着きます!」と運搬業者さんから電話。今か今かと待ちわびるこどもは、ベランダへ走り出ていき、柵の隙間から下を覗き込む。「あ、黒猫さん!」というので、「来たー!」と思って見たら本当の猫が歩いていたり。わーきゃー言いながら親子で久しぶりにはしゃいでいた。

 ソファの設置は30分ほど。粛々と組み立て作業をしてくださる2人の作業員の様子を、劇でも見るかのように眺めていた。これまでのこと、これからのこと、ひとつひとつパーツが組み上がっていくごとに片付いていくような気持ちだった。

 義父が亡くなる前にみんなで撮った握手の動画。実は撮ったあと一度も見返すことができなかった。誰のために撮ったのかと問い続けていた。みんなのためであったけれど、結局自分のためだったかもしれず、映像に自らの傲慢さのようなものを見るのではないか、そんな怖さがあった。

 年が明け、親戚一同が集まる日。昔の8mmビデオを上映することになった。その編集を夫が夜な夜なやっているところを見て、今なら、握手の動画を見られるんじゃないかと思った。動画の再生時間は3分とあった。気持ちでは10分くらい撮っていたイメージだったので驚いた。
 おそるおそる再生してみると、映像の中の人々はなんだか楽しそうだった。涙は流しているけれど、みんな笑顔だった。何よりも、義父が嬉しそうだった。驚いた。これなら、その場に居なかった人々に見てもらえると思い、上映会にこの映像も加えることになった。

 上映会は想像以上に盛り上がって終わった。8mmビデオの懐かしさとともに、親戚や親族から、次から次へとあの握手の映像にも感謝された。亡くなる5日前の映像。そこに居なかった人々に、笑顔の義父を見せることができたことに、やっと残した意味を感じることができた。

 整えて、すこしすすむ。

 わたしはいま、そんなふうに日々を過ごしている。

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いごごちのカタチ

平野 愛
写真家

1978年京都生まれ京都育ち。写真家。17歳よりフィルムカメラと過ごす。『東京R不動産』(アスペクト)の撮影をきっかけに、雑誌『キョースマ!』(淡交社)で住まいの写真を多数手がけるほか、4年にわたり神戸女学院大学の大学案内を撮影。現在大阪在住。ウェブディレクターの夫と息子との3人暮らし。

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