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いごごちのカタチ

わが家のいとしい残像

平野 愛

平野 愛(写真家)
その日の記憶を文字だけでなく写真と一緒に残せたらどれだけ素敵だろうか。
身の回りの「残像」を積み重ねていく楽しさを書きとめていきます。

いごごちのカタチ

わが家のいとしい残像

第19回 「引っ越し写真」を撮ること

 6〜7月とかけて、ここ西日本の地面と空が荒ぶっている。

 そんな中、わたしは現在、4月に刊行した引っ越し写真集『moving days』の展示巡回中で、あと数日で広島へと移動することになっている。展示物の準備はしたものの、物流が混乱していて発送できず、ほぼすべてを自分の手で運ぶことになった。

 被害の大きな広島への移動がそもそも可能なのか、行ってよいものなのか、考えたりもした。そんな時、「色んなことが起きるけれど、それでも日常はすすんでいくのですからね。待っています」と京都から広島へ引っ越した友人からメッセージが届いた。待っていてくれる人がいるならと、移動させてもらうことを決めた。

「引っ越し写真」をどうして撮るようになったのか? と聞かれることが増えてきた。どうしてなんだろうか。振り返ってみると、このコンセプトに至るには2つの軸があった。

 ひとつは、過去10数年撮り続けてきた住居写真がベースにある。これまで主に仕事として家が竣工した時や整ったタイミングでのインテリア写真としての撮影を多く手がけてきた。広告・雑誌・書籍・記録などその数は数百件にもなっている。お洒落だったり、美しかったりする風景はもちろん大好きだけど、どこかもう少しその人らしさのような生活感のある家の風景を見てみたいという思いがいつしか湧いてきていた。

 そんな時だった。長らく仕事を共にしていた友人が二人暮らしから一人暮らしになり、家を出て、遠くの場所に引っ越すと聞いた。あんなに大事にしていた素敵な家を手放すなんて、どんな気持ちなのだろうか、どうしたら少しでも“寂しくないように”してあげられるだろうか。おせっかいにもほどがあるが、なぜかどうしてもそんなふうに思ったのだった。
 それが「引っ越し写真」のはじまりとなったように思う。

 そうして次第に気づく。自分自身の引っ越し時にあまり撮影できなかった、ということを。それが2つ目の軸だ。

 そもそも、これまでの自身の引っ越し経験はたったの2回。その一つ目は26歳の時に婚約と同時に実家から大阪への引っ越し。持っていくものはほとんどなく訳が分からないうちに終わった。

 もう一つはその7年後に同じ大阪で一丁隣に移動した引っ越し。趣味の本とレコードで120箱、6トン車出動の物量に加えて3歳のこども付き。写真どころではなかった。それがいまだに悔しいのと寂しいのとで、大反動が起きているという状況なのだ。

 ただ、そんな中でも2回目の引っ越し時にわずかに残せた写真をここで紹介したいと思う。

 まずこちらは、ダンボールが届き出した引っ越し一週間前の風景。特に整えることもなく、ほどよく「日常」がそのまま。ティッシュカバー、リモコン、iphone4、ミニカーの箱、冷蔵庫の上や扉、読み聞かせていた絵本、やかん、フライパン、ゴミ袋を吊るすフック……  ああ、どれもこれもが愛しい。

 こういう写真で後々見られてよかったと思うのは、例えばキッチンの中央あたりに二つ並べて乾かしている茶色いコップの様子だったりする。あの頃、ここにこうして置くのがちょうどよかった。いまの間取りではこんなふうに置く事はできない。冷蔵庫の上を賑やかにもできない。手ぬぐいさえも同じようには使えない。全部もう二度と戻ってこないこの家での「日常」。

 そして引っ越し当日。この日この家で押せたシャッターはこの1回を合わせて3回だけだった。照明器具をはずすと、一気に「日常」が消えるように感じた。7年も過ごしたわりには綺麗だった壁の白さが浮き出た。最後に使った手ぬぐい。ぞうきん代わりにしていた布おむつ。この日で壊れた掃除機。そう、この日窓から見えた空は、公園は、どんなだったのだろうか。家族はどんな顔をしていたんだろうか。もっとこの家での最後の変化を記録しておきたかった。
 カメラに気づいたのがこのタイミングだったというくらいに、慌ただしさにまみれてしまっていた。

 ひとつとして同じ家がないように、ひとつとして同じ引っ越しもなければ、同じ物語があるものでもない。同じものが移動したとしても、間取りに加えて光や風の向きが変わればすべての見え方は変わってくると思っている。だからこそ、残しておきたい。見返しても見返さなくてもいい。

 そうして、今もなお写真集に収録した6組に加えて、新しく出会った8組の引っ越しを追いかけている日々である。

 そのひとつひとつの物語への興味と愛しさは、どうやらしばらく尽きそうにない。

【今後の moving days写真展】
2018.7.14(土)-29(日)
広島・READAN DEAT
http://readan-deat.com/

2018.8.30(木)-9.17(月・祝)
名古屋・ON READING
http://onreading.jp

2018.8.31(金)-9.10(月)
東京・Title
http://www.title-books.com


2018.10.2(火)-10.27(土)
大阪・Calo bookshop & cafe
http://www.calobookshop.com


【写真集通信販売一覧】
http://photoandcolors.jp/movingdays-shoplist/

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いごごちのカタチ

平野 愛
写真家

1978年京都生まれ京都育ち。写真家。17歳よりフィルムカメラと過ごす。『東京R不動産』(アスペクト)の撮影をきっかけに、雑誌『キョースマ!』(淡交社)で住まいの写真を多数手がけるほか、4年にわたり神戸女学院大学の大学案内を撮影。近年は雑誌『Number』でスポーツ選手のポートレイト撮影をはじめ、ウェブマガジン『OURS. KARIGURASHI MAGAZINE』、書籍『#カリグラシ 賃貸と団地、貸し借りのニュー哲学』など住まいにまつわる編集も。大阪在住。ウェブディレクターの夫と息子との3人暮らし。

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