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いごごちのカタチ

わが家のいとしい残像

平野 愛

平野 愛(写真家)
その日の記憶を文字だけでなく写真と一緒に残せたらどれだけ素敵だろうか。
身の回りの「残像」を積み重ねていく楽しさを書きとめていきます。

いごごちのカタチ

わが家のいとしい残像

第18回 引っ越し写真集『moving days』ができるまで

 ただいま39歳。ようやく初の写真集が完成した。その名も『moving days』。6つの引っ越しに密着して捉えた刹那的な時間と空間を、約300ページにまとめたセルフパブリッシングだ。限定500部というリトルプレスながらも、撮影には2年、装丁にはブックデザイナーと半年をかけた。丹誠込めて作り上げたのには、ひとつの小さな街の本屋さんとの出会いがあった。それを今回はお話ししたいと思う。

 本屋さんの名前は[誠光社]と書いて、「せいこうしゃ」と読む。京都・河原町丸太町から一本東の筋に入って銭湯を通り過ぎて少ししたあたり。町家を改装して一階を書店、二階を住居にして営む店主は、かつて[恵文社一乗寺店]の店長として名を馳せた堀部篤史さんだ。

 20年間勤めた前職から独立されたのは、2年と少し前。それは、関西のカルチャーシーンに衝撃を与えたと言っても過言ではなかった。恵文社といえば有名すぎるほどの本屋。京都の学生なら、身体の半分くらいはここの本屋でできているのではないかと思っていた。わたしはそうだった。



誠光社の外観。この入り口の前で胸をはずませる本好きが絶えない


 堀部さんは本屋の新しいかたちの提案として、大手の取次を通さず、直接取引をメインとした書店[誠光社]を街の一角に灯された。2015年の11月のことだった。

 わたしはその“街の光”(*)に、そこはかとない感動を覚えたのをいまでも忘れられない。通信販売が始まれば、10,000円ほどする植田正治の復刻版写真集を購入した。しっかり選んで、購入する。消費者の一人として、街の一人として、本屋を残したい。大袈裟かもしれないけれど、いつもそんなふうに思っている一人だった。

 それから2年が経った2017年の夏のある日。友人のデザイナーが[誠光社]で写真展とオリジナルグッズの販売をしていると聞いて、取材帰りの機材を持ったまま店内に向かった。それまで店主とは数回しか話したことはなかったのだけれど、その展示がとても心地よくて、この日はなぜか自然に話が加速した。

 帰る頃には店主から、「平野さんも来年の3月後半に展示をやりましょう。できれば写真集もあったらいいね」なんてお誘いが立ち上がった。どうやらわたしはそれまで黙々と取り組んでいた“引っ越し写真”のことを、ここで話していたようだ。それを瞬時に面白がってくれた店主は、自宅の蔵書の引っ越し撮影まで提案してくださることになった。

 思わぬ嬉しい展開に驚いた。と同時に、焦った。会期までに写真集にまとめられるのかひとつの問題があったのだった。「引っ越し写真」が進まないのだ。

 わたしは住宅写真を得意としていて、これまで15年間ほどさまざまな家を撮影してきた。それは主に整った風景、どちらかというとインテリア写真に近いものが多い。なるべく生活感を残した撮影手法で続けてはいるが、それでもやはり仕事では“きっちりめ”なものを求められるし、それに応えたいし応えてきた。

 その一方で、より生身の、その人らしさが現れる写真も残したいと思いはじめたのが2年くらい前のこと。それが立ち現れるのは、「引っ越し」という瞬間だということにある日気づいたのだ。仕事では撮れないけれど、ライフワークとして撮っていこうと、周囲の友人知人に声をかけ、「来月引っ越すよ」と聞けば密着撮影を依頼し駆けつけた。

 しかし、家の中がゴタゴタしていて、心もソワソワしているこんな日に、撮影をさせてもらえる人なんてなかなかいないことに1年くらい経ってから分かってきたのだった。「とんでもない、見せられる風景じゃないよ~ごめんね!」「やっぱりお断りするね、彼氏といろいろあって、ごめんね!」と言った具合である。分かるよとってもとっても。それも全然OKだと思っている。

 しかしながら、どんなに近しい人達に対しても撮影が難しくなると、これから一体どんなふうに進めていったらよいのか……と悩んでいたのだった。そもそも「引っ越し」なんて人生に早々あるものでもない。そもそもチャンスが少ないものなのだ。そんなことも店主に話していたのだろう。そしたら自らも被写体になってくれるというその心意気に、これはもうなんとかすごい写真集にしたいと思った。

 それから半年。店主が参加してくれることになってから信用度が増したのか、面白がってくれる人々が増え、結果的には6組もの引っ越しを追えることになったのだった。



厚さ25mmもある写真集だが、手のひらに馴染む軽やかな感じ


 装丁はブックデザイナーの納谷衣美(なや・えみ)さん。柔らかい感触の表紙。日焼けや手あかなどが付いたときに風合いが出るようにと選んだ紙に包まれている。



写真だけではなく、引っ越し現場の進行具合や被写体の気持ちを「同時進行ドキュメント」のように記した




わずか1年と数ヵ月の間に大阪・南堀江→沖縄・北中城村→大阪・玉造(写真)→神奈川・逗子へと引っ越しを繰り返したOさん




神戸市東灘区の本山から、緑豊かな御影に引っ越したSさん。彼女は当コラム第12回にも登場
https://www.sumufumulab.jp/sumufumulab/column/writer/c/134




[誠光社]店主・堀部篤史さんの引越し前の部屋。この大量の本は、お店近くのマンションの1室に運び込まれた。台車に積んでは何度も往復し……


 6つの家を追うごとに、その人が見てきた窓からの風景や街の風景までも、視点を切り替えながら見つけては残した。空っぽになる部屋を見るときには、なぜだかわたしの方がポロっと涙が出ているくらいだった。当の本人たちは案外飄々としているというのに。

 そうして3月16日がやってきた。当初は128ページくらいの予定だった写真集は、300ページへと膨れあがった。どんなにセレクトしてもこれ以上縮めることはできなかった。ブックデザイナーの納谷さんに伴走してもらいながら、なんとか間に合うことができた。ついに、展覧会スタートである。



お店奥の展示会場。壁面には写真集の目次代わりに、6組の引っ越しから特にその人らしさを感じるビフォー・アフターを抜粋展示した


  “街の光”。本屋さんでの展示開催は夢のようだった。老若男女、誰でもが訪れられる場所。美術ギャラリーもよいけれど、暮らしをテーマにしているわたしには理想の場所だったのだ。そんなことも再確認しながら、レジの前の一角に展示した写真とお店全体の風景を見つづけた。外はだんだんと春になっていく。空気もだんだんと温かくなっていく。居心地がよくて、店主ともお客様とも話が弾んだ。写真集は、どんどんと売れていった。



芳名帳には、訪れてくださった方々の「引っ越し歴」がびっしりと残った


 どんな方が来てくださったのか。芳名帳には、名前とそれぞれの「引っ越し歴」を書いてもらうことにした。これがなんとも面白かった。2行に渡る人もいれば、途中で分岐する人もいる。分岐はつまり、二拠点居住だったりする。その人のことは分からないけれど、移動している歴史を見るだけで、その地をイメージしてはその人となりまで見えてくるようであった。

 中には3名だけ、「引っ越しなし」という人がいた。学生さんで実家から出たことがないという方が2名。60代で生まれてこの方一歩も出た事がないという方が1名。母であった。

 その娘がわたし。引っ越し歴、2回。一町となりに引っ越すだけで大騒ぎなことは、これまでの住ムフムラボコラムでも書いてきた。移動、少しの変化にも敏感なわたしにとって、引っ越しては変化に対応していく人々の風景は憧れの眼差しにほかならない。

 あまりの面白さに、写真集を作り終えても引っ越し撮影はこれまでに増して進んでいる。追いかけていく人が2倍に増えた。今日もこれから神戸の御影へ駆けつける。旦那さんの転勤を機に横浜に引っ越すという家族。すでに旦那さんだけは横浜で、母子はダンボールの中で引っ越し準備をすすめているそう。

 さて今日は、どんな風景が待ち構えているのだろうか。引っ越し写真は始まったばかりだし、『moving days』の巡回展も予定している。今年は写真集を抱えての旅がまだまだつづく。

*街の光
引用元:誠光社について
http://www.seikosha-books.com/about

【『movinga days』の通信販売】
https://seikosha.stores.jp/items/5abf8c59434c7266e6007ec1

【写真展・販売予定(2018.4現在)】
2018.4.21(土)10:00-15:00
京都・大山崎コーヒーロースターズ店頭

2018.5.26(土)-27(日)
大阪・KITAKAGAYA FLEA & ASIA BOOK MARKET(OURS.ブースにて)

2018.6.1(金)-11(月)
長野松本・栞日

2018.7.14(土)-29(日)
広島・READAN DEAT (7/28トークイベント)

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いごごちのカタチ

平野 愛
写真家

1978年京都生まれ京都育ち。写真家。17歳よりフィルムカメラと過ごす。『東京R不動産』(アスペクト)の撮影をきっかけに、雑誌『キョースマ!』(淡交社)で住まいの写真を多数手がけるほか、4年にわたり神戸女学院大学の大学案内を撮影。近年は雑誌『Number』でスポーツ選手のポートレイト撮影をはじめ、ウェブマガジン『OURS. KARIGURASHI MAGAZINE』、書籍『#カリグラシ 賃貸と団地、貸し借りのニュー哲学』など住まいにまつわる編集も。大阪在住。ウェブディレクターの夫と息子との3人暮らし。

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