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近藤雄生

近藤雄生/ライター

子どもができると夫や妻は「親」になる。 海外で5年間、放浪の旅を続けて帰国した「遊牧夫婦」が、やがて「遊牧家族」に変わっていく日々を。

第24回 妻がくれた「3人の時間」

「今年の暮れぐらいに、ブータンに行ってもいいかな?」

 妻がそう言ったのは、昨年(2018年)の春ごろのことだった。彼女はとある大学の研究所で事務職員をしているが、その年の12月にブータンで開かれる会合に同行できるスタッフが求められているのだという。異国に行くのが好きな妻にとって、魅力的な話に違いなかった。

 ぼくらが二人での長い旅を終えて帰国してからすでに10年。帰国の翌年に長女が誕生したこともあり、以来妻が、子どもと離れて海外に行けるような機会は皆無だった。また、外国人をあまり入れたがらないブータンは、個人で行くのは金銭的になかなか大変らしいことも知っていた。旅程は10日ほどになるとのことで、娘たちには若干の試練になるだろうものの、なんとかなるはずと思えるほどには彼女たちは成長していた。
 うん、ぜひ行ってきたら。ぼくは迷わず妻に言った。

 3年ほど前、妻が体調を崩し2週間ほど入院したことがあった。当時6歳だった長女は、病院に連れていくたびに、帰り際、妻と別れ難くなって泣きじゃくった。その娘を妻から引きはがすようにして車に乗せて、「アイス買いに行こう!」と近くのセブンイレブンへと駆け込んで、目を真っ赤にした娘とともにアイスを選んだ日々はいまも鮮明に焼き付いている。

 その長女も、妻がブータンに行く頃には9歳になっている。当時は2歳であまり状況が把握できてなかった次女ももう5歳。いま3人で過ごす10日間はいったいどのようなものになるのだろうか。ちょっと楽しみに思う気持ちもぼくにはあった。


 しかし実際に妻の出発の時期が近づいてくると、だんだんと不安も芽生えてきた。本当に娘たちは大丈夫なのだろうか、とんでもなく大変な10日間になるのではなかろうか。
 とりあえず、妻の出張について娘たちにいつどう伝えるかを決めなければならなかった。心配や不安を長く抱えさせないためにも、伝えるのは、できるだけ出発が近づいてからの方がよいだろうということにはなったものの、突然前日に言うわけにもいかない。数週間前ぐらいからなんとなく匂わせていくことにした。
 そして出発の2週間ほど前だったろうか、妻が夜寝る前、そのことを長女に軽く伝える機会を得た。

「お母さん、仕事で少しだけいなくなるかもしれへんねん」
「え……、どのくらい?」
「うーん、一週間くらいかな?」
「えー、いやや……。いややなあ」

 長女は若干不安そうな声を出しながらも、突っ込んで聞いてくるわけでも泣いたりするわけでもなかったという。そのままうとうとしながら寝てしまった。

 ぼくは翌朝そのことを知ったが、起きてきた長女の様子にはいつもと違うところはほとんどなかった。全く普通に元気にしている。寝て忘れてしまったのだろうかと思うほどだった。その後、次女にも伝えたところ、次女もまた、「えー」と言いながらもそれほど取り乱すことはなかった。案外自分たちの取り越し苦労だったのかもしれないとも思ったが、ただ二人とも状況をあまり理解できていないだけのような気もした。

 いずれにしても、そうしてとりあえず妻が不在になることは伝えた上で、少しずつ話を具体的にしていった。行先はブータンという外国であること。一週間より少し長いぐらいであること。聞く度に二人とも、確かに状況は理解できたようであり、「いややなあ……」とも繰り返したが、まあ、しゃあないなあ、という様子でもあった。

 しかし、ある日の夕食のときのこと、その話になると長女が急に沈黙した。そして、妻に抱きついて文字通り、号泣したのである。
「いややあ、いややあ……行かんといてほしい」
 つられるように、次女も逆側から妻に抱きついて泣き出した。我慢していた気持ちが急にあふれ出したらしかった。

 うん、やっぱり寂しいよな。そうだよな……。でも、と思い、ぼくは言った。「お父さん、毎日二人が楽しくなるようにするし、そしたらすぐだって!」。二人はただ妻にしがみついて泣き続けた。
 しかし娘たちが妻の出発前に声を上げて泣いたのは、知る限りその日だけだった。以降、いやや、いやや、とは言うものの、それほど重い雰囲気にはならないまま、妻の出発の日を迎えたのだった。

 その日、妻が乗る飛行機は夜の便だったため、二人の娘がそれぞれ学校と保育園を終えた後の夕方に、最寄り駅までみなで見送ることになった。見送ったあとは、そのまま3人で近所のマクドナルドに行って夜ご飯を食べることにした。娘たちの喜ぶイベントを組み合わせることで、なんとか少しでも気持ちを紛らわせてもらおうという計画だった。

 見送りに出る前も、できるだけ意識をマクドナルドに向けてくれるようにと、何食べたい?とスマホでメニューを見せたりして過ごしたが、いざ車に乗ると、後部座席で妻の両隣に座った娘たちは、表情を硬くして妻に寄りかかりながらつぶやいた。
「行かんといてほしい……」「寂しい……」

 駅に到着。ハザードランプを点けて車を止め、荷物を下ろす。長女は妻のトランクを支えつつ、ああ、いやや……と繰り返す。次女は妻に抱っこをせがみ、思い切り頬を妻に寄せた。その様子を何枚か写真に撮ったりしていると、電車の時間が近づいてきた。

「じゃあ、行くな。すぐ帰ってくるしな」
 妻が言うと、二人は言葉の数を少なくしてもう一度ぎゅっと妻に抱きついた。長女は、もう仕方ない、というように身体を離すと、妻に手を振ってすぐに振り向き、車のあるところへと小走りになった。ぼくは次女を抱き上げて、「じゃ、気を付けて」と妻に言って、長女を追って車へ向かった。

 娘たちが後部座席に並んで座ったのを確認して、エンジンをかける。
「お母さん、行っちゃったね。おれたちもマクドナルドに行こうか~。ハッピーセット、楽しみやなぁ~」
 努めて明るくそう言ってみたが、長女も次女も無言のまま。バックミラー越しに二人を見ると、二人とも正面を向いて目にいっぱいの涙をためていた。長女は、泣かないように、必死に身体に力を入れている。次女もまた、なんとか我慢していたが、車を発進させて1分もすると、こらえきれなくなって表情を崩し、丸く大きな涙の玉を頬の上に伝わせた。

 その様子に、ぼく自身も涙をこらえるのに必死になりつつ、言った。
「10日なんてすぐだよ。きっと、え、もう帰ってきたの?ってなるよ、たぶん」
 すると長女は、しっかりとした声でこう答えた。
「お母さんの話はもうしんといて。悲しくなるし」
 5分ほどしてマクドナルドに着いたころには、すでに二人とも泣き止んでいた。


 その夜も、翌日からも、二人とも、もうほとんど泣かなかった。2日目の夜は、長女の友だちが帰りにうちに寄ったので、一緒にカレーを食べていく?と声をかけると、みな喜び、その晩はささやかなカレーパーティーとなった。
 次の夜は二人の好きな回転寿司屋へ、さらにその翌日の金曜日には、長女の親友のはなちゃんがうちに泊まりに来てくれた。その後、夜ごとに、妻の実家に行ったり、保育園の友人家族と一緒に食事に行ったりしていると、瞬く間に4日、5日と過ぎていった。

 夜は、次女を真ん中に挟んで3人で川の字になってベッドで寝た。次女は眠気が強くなってくると、ふと思い出したように「おかあさんがいい、おかあさんにあいたい……」と声を上げて泣いた。でも毎回、5分もしないくらいで泣き止んだ。

 そして寝る前、3人で横になりながらしりとりをするのが日課になった。たとえばぼくが「きつつき」と言って、次女が「きー、かあ、えーーと……」などと考えていると、長女が「きりん。きりんがあるで」などと次女にささやく。
 すると、「あ、きりん」と次女が言い、長女が「はい、さらの負け~」と大笑いする。「えー、そんなんずるいし~」と次女が必死な顔で怒り出し、「もいっかい、もいっかい!」などと言っているうちに、大抵、長女が先に寝息を立てた。
 次にぼくの意識が朦朧となってくると、次女は「おとうさんは、ねたらあかんで!」などと言い、そのうちにどっちが先に寝たかわからないまま、いつしかみな寝入るのであった。

 もうあと5日だね。4日だね。夜中に起き、二人の寝顔を眺めながらぼくは毎日数えていた。長女も時々、「早くお母さんに会いたい」とつぶやいたが、二人がともに、思っていた以上に頑張っているのがなんとも健気で、寝ている姿がとても愛おしく感じられた。

 一方、妻とは、時々フェイスタイムを使って映像付きで話をした。妻もとてもいい時間を過ごしているようであり、彼女が見せてくれる全く異次元な風景に、ぼくも娘たちも、「うわー、すごいところにいるんだなあ」と感嘆した。
 そんな妻の姿を見て声を聴いても、二人とも特に寂しそうな様子にはならなかったが、残り3日ほどになった夜のこと。長女が、お母さんにつながらへんかなーと、何気なくフェイスタイムで妻を呼び出したら、予想外に彼女が出た。「あ、お母さん!」と長女が嬉しそうに叫ぶと、それまで走り回って遊んでいた次女が、急に動きを止め、どうしていいかわからないといった感じでぼくのところに近づいてきた。そして、妻の顔を見ようとすることなく、ぼくに抱きつき、激しく嗚咽したのだった。それを見て気づかされた。次女は、おそらく無意識ながらもとても我慢していたのだろう、と。
「もうすぐやで」。ぼくは耳元でそう呟いた。二人のいずれかが泣いたのは、そのときが最後だった。


 その3日後、妻が無事に帰ってきた。その夜二人は、本当に満たされた顔で夕食の席についた。うれしい~、と何度も言い、この10日間の話を取りとめもなく妻にした。

 ただ一方、その日、妻が保育園に次女を迎えに行き、久々の再会を果たした時は、「あ、おかあさんや」というぐらいで、飛びついてくるわけでもなく、妻は少し拍子抜けしたようだった。またその夜、長女は、安心しきった笑顔のまま、言った。
「一週間くらいお母さんいなくても大丈夫やなって、わかった」
「ほんとに?」とぼくが聞き返すと、ちょっと考えるような表情を浮かべながらこう付け加えた。
「うーん、たぶん、大丈夫やと思う」

 その顔は、10日前に比べて一回りたくましくなっているようでもあり、何も変わってないようでもあった。
 たくましくなってもほしいし、変わらないでもいてほしい。そんな矛盾した気持ちを、ぼくはこのとき、いつも以上に強く持った。

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