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近藤雄生

近藤雄生/ライター

子どもができると夫や妻は「親」になる。 海外で5年間、放浪の旅を続けて帰国した「遊牧夫婦」が、やがて「遊牧家族」に変わっていく日々を。

最終回 「書くこと」は「子どもと一緒に生きること」

 この欄で3ヵ月に一度、成長する娘たちの姿と、父親としての自分自身について書き始めたのは、いまから7年前のことである。
 それはちょうど、今年7歳になった次女が、生まれたばかりのころだった。この連載は、その当時から現在に至るまで、2人の娘がどう成長したかを季節ごとに振り返るきっかけをつくってくれる大切な仕事であり続けたが、それが、今回で最終回となることを告げられた。

 読者の方から嬉しい感想をもらうことも時折あったし、振り返ると家族についての貴重な記録(あくまでも父親としての自分の視点からのものではあるが)にもなっていた。そして勝手にいつまでも続いていくような気持ちでもいたので、唐突に終わりがやってきたことを知り、驚き、残念に思った。ただその一方で、少しほっとした気持ちが沸いてきたのも確かだった。もしかすると、ちょうどいいころ合いなのかもしれないな、とも思ったのだ。


 長女は昨年10歳になった。今年で小学5年である。当然のことながらだんだんと自立した一人の人間らしさが増している。ほっとした、というのは、最近その長女について、自分がどこまで自由に書いていいのかという点で、だんだんと複雑な気持ちを持つようになっていたからだ。

 以前にも少し触れたが、長女は、あまり自分のことを人にさらけ出したくないタイプに見える。人前に出て目立ったりすることを好まないし、自分が考えていることを人に知られたくないと思っていそうな節もある。そうであるとすれば、やはり娘のその気持ちは、尊重しなければと思っている。

 ある程度の年齢までは、親の判断で子どもについて書いたり報告したりすることは、基本的には許されるだろう。それがいくつぐらいまでなのかは、はっきりとはわからないが、長女の様子を見る限り、小学校高学年ぐらいからは、その範疇を超えるのかもしれないなと感じている。

 そんな思いから、父親として自分が勝手に書いていい娘たちの物語はそろそろ終盤に近づいているのかもしれないと最近思うようになっていた。この連載を始めたころの気持ちを思い出せば、そのような時期がもう訪れてしまったことに驚かされ、寂しくもあるけれど、でもそれゆえに、この連載を終えなければならないと聞いたとき、それはそれでよかったのかもしれないと感じたのだ。そして自分にとってはこの連載の終了が、これから娘たちが自分自身で歩いていく様子を遠くから見守るための、一つの節目になるのかもしれないな、と思っている。

 7年間、子どもたちの幼少の時代をこのようなコラムに書き残せたのは、とても幸運なことだった。自分自身、娘たちの気持ちを想像しながら書き進めていく中で、少なからぬ発見があったし気づくことがあった。またいろんな方に読んでもらい、さまざまな感想をもらえたことも、自分の子どもとの向き合い方に影響した。つまりぼくは、3カ月ごとに子どもとの日々を振り返って文章化することで反省したり考えたりする機会を得ながら、子どもたちと生きてきたような気がするのだ。その日々を、読者の皆さんや関係者の方々に見守っていただけたことを、とてもありがたく思っている。そして今回、その最後の機会として、以下に娘たちの近況をお伝えして、連載を終えたい。


 小5の長女、そよは、背もだいぶ高くなり、妻と服を共有したりするようになっている。内面はまだまだ幼いけれど、容易に言うことをきかなくなっている様は、反抗期の到来が近いのを感じさせる。その姿に、ああ、これから大変な時期が来るのかな、と思うとともに、着実に成長しているんだなとも実感する。そんな彼女の姿を見て、なぜか時折、大人になった娘に助けられたり励まされたりする老いた自分を想像したりもしてしまうが、いや、その前に思春期の娘と対峙する、おそらく自分にとってはハードな時期がやってくる。まずはその時期を、ちょっと覚悟しながらも楽しみに待ちたいと思っている。

 一方、次女のさらは、今春、小学校に入学した。この連載にも度々書いてきた通り、彼女は保育園に行けない時期が長くあった。その上、コロナ禍によって入学直後に長い休みに入ったということもあり、スムーズに小学校生活を始められるのかが心配だった。そしてその懸念通り、6月の学校再開直後の日々は、なかなか困難なものとなった。

 行きたがらない日が続き、玄関で泣くのをなんとか学校まで連れていっても、校門の前で「中には入らへん!」と激しく抵抗したりする。ある日は、門の辺りまで迎えに来てくれた先生が「あとは任せてください」と、少し力を入れて彼女をぼくから引き離そうとすると、「むりやりはしない、っていうたやろ!」と、ものすごい力でぼくの体を叩きながら、必死な形相で泣き叫んだ。そんな娘に、無理やり先生に引き渡したり突然いなくなったりはしないという保育園時代からの約束は絶対に破らないからと改めて告げて、ぼくは彼女を教室まで連れていき、廊下から見守ったり、教室の端っこに座らせてもらって眺めたりした。

 その日、さらは休み時間ごとにぽろぽろと涙をこぼしていた。また他の日には、半日ずっとそばにいないといけなかったこともあって、これからどうなるのだろう、とそのころは思った。しかし彼女は、何日か一進一退を繰り返すうちに、慣れていったようだった。学校が始まって3週間ほど経ったころには、すっと行ってくれるようになったのだ。短い夏休みを経て、8月後半から2学期が始まると、しばらくはまた、週に一回くらいのペースで教室までついていかないといけなかったが、それもまた落ち着いた。その後も毎日のように、学校に行きたくないとは言うものの、なんとかかんとか通っている。そしてすでに10月に入った。

 このままスムーズに通い続けてくれたらいいな、と思う。でも、また行きたくないという時期が来るのも想像できるし、いずれそのような時期がやってきて本格的に行かないということになれば、その時はまた、さらの気持ちに向き合おうと思っている。いやむしろ、いまは平穏に過ごしているそよの方に、今後大変な時期がやってくるのかもしれない。ただいずれにしても、そんな時にはきっとまた、この連載に書いた文章を読み直し、どうするべきかを過去の自分に問うことになるような気がしている。

 そして願わくばこの一連の文章が、自分自身にとってのみならず、誰かにとっても、何かのきっかけでふとしたときに読み返したいと思うものになっていれば嬉しく思う(各コラムは、今後もアーカイブとしてこのサイト上に残してもらえるそうなので…!)。


 連載の初回に書いた、長女が生まれた日は、さすがに昨日のことのようではない。しかし、10年も前とも思えない。月並みだが、本当に子どもの成長は早く、一緒にいられる期間も決してもうそんなに長くはないと感じている。それは親としては寂しいことでもあるけれど、でもいずれ、娘たちが自分たちの保護下を離れて自らの道を歩き出す日が来たときには、2人がそれぞれ、安心して前に向かっていけるように、力強く背中を押してあげられる存在でありたいと思う。彼らがどんな道をたどるのかは、いまは全くわからない。そしてその、先が全く未知であるということの素晴らしさを、40代も半ばに入ったいま、心より感じている。

 いつか娘たちがここに書いた文章を読むことがあるとしたら、彼女たちはいったい何を思うだろう。幼いころのことであるゆえに、彼女たちの記憶にもなく、「ああ、そういうことがあったのか」という感想だけで終わるのかもしれないが、もしかしたら彼女たちは、この一連の文章の中に、自分たち自身以上に、父親であるぼくの姿を見るような気もする。お父さんは自分に対してこんなことを感じていたのか、そうかあの時、こんなことを思いながら自分と接していたのか……、と。父親としてのささやかなエゴを書き記しておくとすれば、そのとき、「ああ、お父さんは、お父さんなりにいろいろ考えてくれてたんやな」などと、思ってもらえたら嬉しいな。

 また最後にもう一点付け加えておきたいが、本連載では、妻については必要以上に書かないようにした。彼女もまた、あまり書かれることを望まないからだ。それゆえに、子育てに関してなんだか自分ばかりが色々やっているように読めてしまった部分もあるかもしれないが、当然のことながらそんなことは全くない。娘たちはいつも母親にべったりだし、この一連の文章で書いた風景の隣には、常に妻の姿があるということを念のために記しておきたい。妻がいつも娘たちを気にかけ、彼女たちにさまざまな指針を示してくれることをありがたく思う。

 連載を読んでくださった皆様に、心より感謝申し上げます。長い間、ありがとうございました。それぞれの方にとって、わずかにでも記憶に残る言葉が書けたことを願いつつ。

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