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近藤雄生

近藤雄生/ライター

子どもができると夫や妻は「親」になる。 海外で5年間、放浪の旅を続けて帰国した「遊牧夫婦」が、やがて「遊牧家族」に変わっていく日々を。

第27回 自分の「焦り」と向き合った2019年の夏

 前回書いた、6歳の次女の不登園が、その後もずっと続いている。
 6月半ばから急に行きたがらなくなって、さて、どうしたものかと考えていたのが前回、7月初めころ。毎朝、保育園に連れて行って1〜2時間粘って預けようと試みるも、嫌だ嫌だと泣く娘を仕方なく連れて帰り、家で過ごす。そんな日々の真っ最中だった。

 ちょっとしたきっかけから突然、何事もなかったように行きだすのではないか。そのようにも推測したが、娘の行きたくない気持ちは増していくばかりに見えた。友だちや先生が嫌ということはひとまずはなさそうで、たま~に行けば、楽しく過ごしている感じなのに、でも、とにかく行くのが嫌だという。昼寝の時間が嫌だということは一貫して言い続けてはいるけれど、もっと根本的な部分で、嫌だという気持ちがあるようだった。しかし、それが何なのかはわからなかった。


 7月下旬には、次女たち年長組の子どもに加えて、その親や兄弟も参加する「親子合宿」があり(余談だが、自分はその代表を務めることになってしまい、100人弱が参加する1泊2日の合宿をまとめるための業務や会議が数カ月続いた。この時期は完全に娘よりぼくの方が保育園にいる時間が長いような日々だった)、そこでは楽しそうにしていたので、合宿をきっかけにまた元通り行きだすのではないかとも期待した。

 だが、8月に入るとますます状況は難しくなり、朝、家のソファーに岩のように張り付いて、嫌だ嫌だと泣き続けるようにもなった。身体もそれなりに大きいし、力もそこそこ強い。無理に自転車に載せることは困難で、保育園まで連れていくことが物理的にできなくなった。しかも、前までは喜んで行ってくれた妻の実家にも、行きたがらなくなってしまったのだ。

「保育園に行こう」と説得を続けるのは、効果がないだけではなく、ますます娘をかたくなにさせてしまうようにも感じられた。行こうと言われて行くような様子ではないし、毎朝そう言われるのもきっと負担に違いない。これはもう、本格的に、彼女の意思を受け入れるしかない。そう思うようになった。娘が保育園に行かないという前提で、こっちも生活のリズムを作ろう。娘が自ら行きたいと思えるようになるまで、待ってみよう、と。

 そうして、あまり何も言わず、好きにさせることにして、毎日、自分か妻のどちらかが、娘と一緒に過ごすことにした。妻が外で勤務している週3日は自分が家で仕事しながら娘を見て、残りの2日は妻が家で、という具合である。

 ぼくは、外出が必要な取材などの仕事は、できるだけ妻の勤務がない日になるように調整し、それが難しい場合は断った。仕事の量も多くならないように心がけた。最初は、不便や心配も感じたものの、そう決めてしまうとそれはそれで割り切れた。ありがたいことに、たまたま昨年執筆したオオカミの図鑑や今年出したノンフィクション本がそれなりに売れていたために、仕事を減らしてもひとまず金銭的なことを直ちに心配しないでもよかったのも精神的に助かった。
 ただ逆に、毎日定時に出勤する必要がなく、いまは少しぐらい仕事を減らしても大丈夫、と思う気持ちが、娘をますます行かなくさせているという面もある気がした。

 しかしいずれにしても、そうして娘と家で一緒に過ごすのが普通、という日を重ねるうちに、保育園に行ってほしい、という焦りみたいなものも減っていった。自分の気持ちも穏やかになり、どうしたら行ってくれるのか、とあれこれ思い悩む気持ちも少なくなった。行かなければ行かないでいい。嫌なものを嫌だとはっきりと主張できることも、決して悪いことではないはずだ……。

 そのように受け入れる気持ちが、娘にも通じたのかもしれない。こっちが何も求めなくなると、彼女も気持ちに余裕が出てきたように見えるのだった。保育園を意識してのストレスも少なくなっているようだった。そうした娘の変化を見るにつけ、娘が保育園に行かないのには、少なからずぼくらのあり方も関わっているだろうことに気づかされる。


 それにしても、子どもはいったい日々何をどう考えて過ごしているのだろうかと、家にいる娘を見ながらよく思う。あまり何も考えていないようにも見えるけれど、気持ちを言語化することができず、何が重大で何がそうではないかもわからないからこそ、内面には大人以上にいろいろな不安を抱えている部分もあるのかもしれないと思う。
 自分から見れば、保育園に行って友だちと遊び、食べて寝るのがすべてという日々は、パラダイスのようでしかないけれど、人間関係、勉強、仕事、その他、ある程度の年齢以降には誰もが直面するような様々なストレスにまださらされていないゆえに、大人から見たら本当に取るに足らなく見えるようなことが、ものすごく大きなストレスとしてのしかかってくるのかもしれない。

 そんな様々な葛藤を抱えているかもしれない娘の気持ちを、自分なりに想像したいと日々思う。同じ気持ちになることはできないとしても、その気持ちに近づこうとすることは子どもにとっても自分にとってもマイナスではないだろう。そして、それはまた、過去の自分自身と向き合うことでもあるような気がしている。
 あの時自分はどうしてあんなに泣いたのだろう。なぜあんなに寂しがっていたのだろう……。いくつかの出来事がふと蘇って、何かその時の自分の気持ちが想像できるようにも思えるのだ。自分はいま、娘を見ながら、当時リアルタイムでは考えることができなかった自分の気持ちの一端を想像する機会を得ているのかもしれないとも思う。

 いずれにしても、その後も浮き沈みはありながらも、9月に入るころには、状況は徐々によくなっていった。朝、「とりあえず行くだけ行ってみよう、嫌だったら帰っていいから」と言うと、渋々ながらも自転車の後ろに乗って保育園に行く、というところまではできるようになったので、ひとまず朝連れて行って、1〜2時間一緒に保育園に滞在してまた一緒に帰ってくるという日を重ねていった。
 また、夕方にちょっと保育園に連れて行ったりすると、友だちと楽しそうに遊んだりするようにもなり、少しずつ何かが前進しているような気持ちになる。しかし、「いよいよ行ってくれそうな雰囲気だ……」と期待して、また朝、「よし、今日は行けそうだね」などと、力んで娘に言ってしまうと、また行きたくなくなってしまうようなのが難しい。

 でもそうした状況を経る中で、妻が「少し我慢したら行けるのなら、行かなあかん」と説得すると、午前中だけとか、午後だけとかの約束で行ってくれる日も出てくるようになった。そうしてまた少しずつ、娘にとっても、少なくとも一日数時間は保育園にいるというリズムが戻っていったようだった。

 ただ、昼寝の時間がどうしても嫌だというのは一貫して変わらないため、最近、ぼくが娘を見る日の流れはこんな感じになっている。朝、保育園に連れていき、1時間ほど一緒に過ごし、慣れてきた段階で「昼までがんばろう」と説得して、昼まで預ける。11時半すぎから始まる給食の時間には保育園に戻り、給食を食べ終えた後、一度家に連れて帰る。そして昼寝の時間が終わった3時ごろに再び保育園に連れて行って、5時半ぐらいまで再度預ける。

 保育園には4往復しなければならず、しかも、預けられる時間は正味4時間ぐらいしかない。かつ、時々は、どうしてもいてほしいと訴えるので半日ずっと一緒に保育園にいることもある。それでも、数時間でも預かってもらえるとありがたいし、娘もやはり、保育園に行って友だちと遊んでくると、家にいるよりもずっと元気で明るい雰囲気になる。そして夕方迎えに行くと、時に「すごく楽しかった!」と言うようにもなったのだ。


 まだぜんぜん元通りというわけではないし、しかも、行くようになってくれたら解決、というわけでもないようにも思う。しかしこの数カ月を経て、自分たちも、親としての適応力が少し上がったような気がしている。娘にとって何が嫌なのかはいまもってわからないし、単純にこれが原因だと言えるようなことではないようにも思う。また自分たちにも原因の一端があるのかもしれないという気持ちもある。

 でも、娘が抱える複雑そうな内面に向き合うことで、見えてきたことがたくさんあると感じている。それが何かを、まだうまく言葉にはできないけれど。

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