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小林明子

小林明子/ライター

物心ついた時から家には動物がいて、ペットというより「家族」だった。 一緒に暮らすのは大変だけど、意外な発見の連続で離れられなくなる。

最終回 石の上にも三年

 ワガママでマイペースな性格の個体が多いゆえ、少々誤解されているかもしれないが、猫はストレス耐性が低い生き物である。このコラムでも書いてきたが、ストレスで体調を崩してしまうことも少なくない。湿疹や下痢、便秘など、気持ちの揺れが体調に直結する繊細な生き物だ。だからこそ、変化をとても嫌う。

 フードも同じものを食べ続ける。毎日毎日、同じメーカーの同じ味では飽きるだろうと、親切心で違うフードを与えようものなら、猫はパニック。同じ味のフードを同じタイミング、同じ容器、同じ場所でカリカリすることに猫たちは幸せを感じるのだから。人間と違って献立を考えることはないしラクなのだが、治療食などを与える必要性に差し迫られた時は大変。いつものフードに少しずつ新しいフードを混ぜ、その割合を徐々に増やしていくという、根気のいる対応が迫られる。

 大々的な模様替えを行ったりすることにも恐怖を覚える。大きな家具の位置を変えるだけでも不安になるそうだ。お気に入りの寝床、愛用のトイレ、寛げる昼寝場所……。人間が勝手に「こっちの場所の方が日当たり良いんじゃない」とか「この毛布の方が気に入るんじゃないか」、「新しいトイレ用の砂が発売されたから」などと環境を変えてしまうのはご法度。居心地の悪さにストレスを感じる羽目になってしまう。まして引っ越しなどもってのほか。昔から「猫は家につく」と言われるが、それだけ縄張り意識が強い動物であることを意味している。そんなことはわかっていても模様替えも引っ越しもしなければならない時がある。

 私は今までに20回近くも引っ越しをしているので、猫を伴っての移動ももちろん何度か経験しているが、荷造りより何より猫の“移送”に神経を使ってきた。直近は数年前。その引っ越しの半年前にわが家にやってきたアンドレとモックとは、まだ十分な関係が築けているとは言えなかったので、今から思えばかなり無理をさせた。引っ越し後、アンドレは新居のリビングの隅っこで籠城。アンドレよりは肝が据わっているモックでさえも、荷物の陰に隠れてしばらく出てこなかったことを思い出す。

 そんな住環境の変化はありつつも、動物愛護センターに保護されていたアンドレとモックが私たちの家族になってもうすぐ3年。特にアンドレは人見知りが激しく、センターでも“札付き”の臆病猫だったので、「アンドレの性格を尊重する付き合い方をしてください」とスタッフさんに何度も念押しされた。モックは比較的フレンドリーだったが、それでも元は野良猫。ビクビクおびえながら日々を送らねばならなかった野良時代を思い出したような行動を今でも時々見せる。

 例えば、カミナリ。遠~くの方でコロコロ、かすかな雷鳴が聞こえ始めるとアンドレはソファかベッドの下に入り込み、大きな体を縮める。その顔つきは死刑台寸前といった表現がぴったりで、目はうつろ。名前を呼んでも目も合わせてくれない。先日、人間も飛び上がるような雷鳴が轟いた日、アンドレの姿が見えないなと思って捜索すると、私の布団の中に器用に潜り込み、巻き貝のように縮こまって息を殺していた。

 モックが苦手なのはインターフォン。ピンポーンとなると一目散に冷蔵庫の上に飛び乗り、身を縮める。どちらもいまだになんらかのトラウマがあるのだろうが、人間への恐怖心はこの3年の間にずいぶん薄らいだと思う。

 そもそも、アンドレは息子にはずいぶん心を許しているが、私の膝の上にも折にふれて乗ってくるようになった。最近は重い体を私に預け、頭や背中を撫でることをしばしば要求する。ただし、それは私がソファか仕事用の椅子に座っている時だけ。それ以外の場所でアンドレを撫でようとすると、「何すんねん!」とばかりに鋭い爪を出して猫パンチを繰り出す。抱っこなんて相変わらず絶対に無理だし、廊下ですれ違っただけでバビューンと逃げ去る。アンドレとの信頼関係はまだまだだと思わせられる瞬間だ。

 猫が一番気を許していることを表す行動が添い寝だ。その証拠に、アンドレは息子が熟睡する横で自分もおなかを見せながらスヤスヤ眠るが、私の横では絶対に寝ない。私が自分のベッド上で熟睡するアンドレにそろそろと近づき、そばで横たわろうものなら「すわっ!」とばかりに飛び起きて走り去る。フード代もトイレの砂代も飲み水用のフィルターも、もっと言うならそもそも家賃も、すべて私が出しているというのにその仕打ち。傷つくわー。

 モックはここ1年ぐらい、3日のうち2日ぐらいの割合で、私がベッドに入るとそばに来るようになった。「はい、撫でてね」って感じで脇腹の辺りで仰向けになるのだ。けれども、撫でているうちに私が寝入ってしまうと「何や終わりかい」と言わんばかりにプイッとベッドから降りていく。息子とアンドレ組のように朝まで共に爆睡できる日はまだ遠いなぁと思っていたところ、先日、さらにモックの信頼を損ねる行いをしてしまった。わざとではもちろんないが、モックがベッドに上がろうとしているのを知らず、私が寝る体勢を整えようと上げた足が彼女の身体に当たってしまったのだ。図らずもキックされたような形になり、モックは驚きと怒りを禁じえない表情で走り去った。もちろん、何度も謝ったが許してくれた感じはなく、その後、2週間経った今も添い寝はしてくれない。

 仕事でもプライベートでも、信頼を得るのには時間がかかるが、失うのは一瞬だ。まして、相手は言葉が通じない猫だから、言い訳もできない。行動で誠意を示していくしかないのだが、3年も経つと、時々ことばが通じているのではと思う瞬間が増えてきた。アンドレもモックも名前を呼べばやって来て「にゃあ」と返事をするし、いたずらをしようとしているところを諫めるとすごすごと諦める。愚痴も何となく聞いてくれる気がする。仕事が思うとおりに進まなかった日は「どうしたん。元気ないやん」と労わる様に頭を擦り付けてくる。これが“絆”かと思ったりもする。

 ここまでの関係を築くのに3年。では、この先6年後、9年後、12年後、私はアンドレ&モックとどんな信頼関係を築けているだろうか。アンドレ&モックが私の横でお腹を出して寝てくれる日が来るかどうかは、私の行動にかかっている。

 人間関係も同じ。3年後、6年後も信頼して付き合ってもらえるよう、人として襟を正していかねばと、コロナ禍の世の中で猫たちと暮らしながらそんなことを考えている。

先代猫・シャンコの時代と合わせて7年もの間、お付き合いいただきありがとうございました。著者に成り代わりましてお礼申し上げます。 Byアンドレ
先代猫・シャンコの時代と合わせて7年もの間、お付き合いいただきありがとうございました。著者に成り代わりましてお礼申し上げます。Byアンドレ

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