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仲野 徹

仲野 徹/大阪大学大学院医学系研究科教授

大阪が生んだ「世界一おもろい生命科学者」が、みんな知ってるようで意外に知らない「カラダと健康」についてフレンドリーな語り口で明らかにしていきます。

第29回 『養生訓』を読んでみた
:その1

『こわいもの知らずの病理学講義』(晶文社)が売れたおかげか、一般向けの講演にお呼びいただくこともふえました。このコラム『(あまり)病気をしない暮らし』に書いた『(できるだけ)がんにならない暮らし』というタイトルでお話をすることもあります。
 以前の繰り返しになりますが、結論は以下のようなものです。

 喫煙   : たばこは吸わない。他人のたばこの煙を避ける。
 飲酒   : 飲むなら、節度のある飲酒をする。
 食事   : 食事は偏らずバランスよくとる。
 身体活動 : 日常生活を活動的に。
 体形   : 適正な範囲に。

 セミナーでは、「まぁ、貝原益軒の『養生訓』とあんまりかわりませんわ」とか言うのですが、じつは養生訓を読んでなかったんです。スミマセン。さらに、産経新聞の大阪版で、月1回ですが『Dr.仲野の私家版養生訓』というタイトルで連載を持つことになりました。さすがにあかんのとちゃうか、と思い、養生訓を読むことに。

 養生訓、名前は聞いたことあるけれど、読んだことはない、という人がほとんどでしょう。読んでみたらけっこうおもろくて、さすがは名著、現在に通ずることも多々あります。とはいえ、正徳3年(1712)、貝原益軒の死の前年に完成した本なので、時代にそぐわないところも結構あります。それやったらあかんやないか、と思われるかもしれませんが、ツッコミどころ満載、という言い方もできます。

 ということで、何回かにわかって、養生訓をいっしょに読んでいきましょう。まずは益軒先生がどういう人だったか。


 貝原益軒、お医者さんと思っている人が多いかもしれませんが、ちがいます。父、寛斎は病人に薬を出していたとかで、兄、存斎にいたっては福岡藩主の侍医まで勤めていますから、医術関係の家系ではありました。益軒も若い頃、医者になろうとしたことがあるのですが、すぐにやめています。

 なんででしょうね。根気がなかったんでしょうか。しかし、たくさんの本を著していますから、そうは思えません。きっと、患者さんを見たりするより、本を読んだり書いたりする方が性に合っていたのだろうと想像しています。

 子どものころから読書家で、医学書や本草学-植物を中心とした薬物学-を読み、多くの医者が非学問的なことに気づきます。そのこともあって、第六巻では、不勉強な医者が多いと、かなり怒っています。もともと病弱だったのに長生きしたこともあり、学んだ医学知識に自分の経験もふまえて養生訓をしたためました。完成したのは83歳の時、死ぬ前年です。全八巻、大部というほどではありませんが、けっこう読み応えのある本で、章立ては以下のとおりです。

 第一巻、第二巻 : 総論
 第三巻、第四巻 : 飲食、飲酒、煙草、色欲
 第五巻     : 五官、大小便、洗浴
 第六巻     : 病気の予防、医者の選び方
 第七感     : 薬の使い方
 第八巻     : 老人と子どもの養生、鍼灸

「養生」を広辞苑でひくと、「① 生命を養うこと。健康の増進をはかること。衛生を守ること。② 病気・病後の手当をすること。保養。」とあります。養生訓では、薬や鍼灸よりは養生をすべきである、とありますから、① 病気にならないにはどうするか、についてがメインであります。
 まず、「人の身は父母を本とし、天地を初とす」という文章から始まる総論からいきましょう。儒教の教えにしたがい、父母からもらった体を粗末にするのは不孝である、という考えから始まります。そして、お金があっても短命では意味がないから長生きしましょう、長生きするには養生しましょう、と続きます。ごもっともであります。

 養生に大事なのは、内慾、すなわち己の欲望をこらえることが何より肝要である。それは、飲食、好色、睡眠、それに、おしゃべりの欲だと説きます。えぇ~、睡眠やおしゃべりまであかんのですか…… 正直なところ、ここで少し読む気が萎えました。イヤなことを書いてあるにちがいないんやから。しかし、おしゃべりがあかんとはなぁ。

 それから、喜・怒・憂・思・悲・恐・驚の七つの感情をあらわす欲もいかんとおっしゃる。う~ん、怒以下はわかるけど、喜ぶくらいええんとちゃうんですか。ホンマかウソかはようわからんけど、楽しくしてたらストレスが低下して長生きできるっちゅう話もあるんやから。

 これらの内慾を抑えることと、風・寒・暑・湿という四つの外邪を恐れて防ぐこと。これはまぁそうでしょうな。で、内慾と外邪を避ければ、病気にならず天寿を全うできる、というのが、総論中の総論で、同じような内容が繰り返し出てきます。睡眠、おしゃべり、喜びがあかんなど、一部不可解なところもありますが、一応はよしとしましょう。

「飲食・好色などの慾は、心つよくこらえて、ほしいままにすべからず。心よわくしては内慾にかちがたし。」など、やたらと我慢を強いるのが気になります。益軒先生、よほど忍耐強い性格やったのでしょうか。

 さらに、あくまで要求水準は高く、我慢だけではダメで、能動的に『気』を養うことが肝要だと押し付けてきます。『気』という言葉は、広辞苑にある「生命の原動力となる勢い。活力の源。」というのが意味的にぴったりです。

 では、そのために何をすればいいかというと、「四民ともに家業をよくつとむるは皆、これ養生の道なり。」なにしろ働けといいます。「つとむべき事をつとめず、久しく安坐し、ねぶり臥す事をこのむ。これ大きに養生に害あり。」いろいろと理屈が書いてありますが、なにしろ我慢と仕事、これが第一巻・総論(上)のエッセンスと見抜いたり。


 第二巻・総論(下)になると、総論とはいえ、もう少し具体的なことが書かれています。もちろん、基本的な考えは同じで、「古語に、忍(しのぶ)は身の宝なりといえり。 忍べば殃(わざわい)なし、 忍ばざれば殃あり」と、ええかげんにしてほしいと思うほど、がまんせぇと言い続けられます。もうわかったっちゅうねん。

 からだを小まめに動かしなさい、そして、よく歩きなさい、というのもごもっともです。ただ、総論(上)に、食後に庭や田圃を数百歩歩きなさい、とか書いてあります。たった数百歩です。スポーツという概念がなかった時代なんで、そんなもんかもしれませんけど、いまの感覚ではちょっと足らんのとちゃうかという気がします。まぁ、日常生活での移動とかが基本的に歩きで、なにをするにもよく歩いていたでしょうから、健康のために歩く、というのは付け足しにすぎず、けっこう斬新な考えやったのかという気もします。

 歩いたり、座ったり、寝転んだり、何かを見たり、とか、同じ事を長く続けてはいけない、ともあります。これなんかも、効率的に働くにはリフレッシュ時間をとりましょう、という感じで、最近の考えに近いですね。

 ちょっと訳のわからないことが書いてあるのが、けっこうおもろかったりします。「山中の人は、多くはいのちながし」とあります。どうして山に住む人が長生きかというと、山中の寒さは、元気をからだの内に閉じこめてくれるから、とあります。なんのこっちゃ。それに、寒いのは外邪のひとつで、養生にはむかないっていうてたんちゃうんか…… ようわかりません。

 さらに「市中にありて、人と多くまじわり、事しげければ気へる」とありますし、海辺の人は魚をよく食べるから病気が多くて命が短い、ともあります。う~ん、都会とか海辺の人に対する偏見とちゃうんか、それは。益軒先生、山好きやったのでしょうか。

 唾は飲み込むべきで、吐いてはいけない。特に、遠くに吐くと、気が減るそうです。近くへ吐こうが遠くへ吐こうが関係ないと思いますけどね。面白いのは、唾とは逆に、痰は飲んではだめで吐かなければならない、とされていること。また、単に吐いてはだめで紙にとるべし、とあります。これには、へんちくりんな理屈が書いてあるのですが、結核の人もけっこういたでしょうから、処置そのものはかなりまっとうであります。


 我慢と努力では苦しいだけではないか、と思えてしまうですが、益軒先生もそれは気にしておられるようです。食欲や色欲といったところに、みだりに楽を求めてはいけないが、心を楽しませるようなことはしっかりしなはれ、と説いています。

 たとえば、家にひとりで日々を送り、古書を読み、詩歌を吟じ、香をたき、山水を愛で、草木を愛し、酒を微酔にのむ、などです。これらは貧乏人にもできる楽であって、この楽を知れば、金持ちで楽を知らない人よりずっといいのだ、と、いらぬ心配までしてくれています。

 自分の力を知って不相応なことはしない。また、あまりに十分にしようとすれば、心の煩いとなって、楽ではなくなるから注意するように、ともあります。また、心静かに生きることも大事だと強調しています。「過(あやまち)あらば一たびはわが身をせめて二度悔いず。ただ天命をやすんじてうれえず」などというの反省しすぎずご気楽に、いうところですかね。座右の銘にしておきたいくらいです。

 気になるのは、おしゃべりがあかん、というところです。おしゃべりが過ぎると、気が減ってしまうとたしなめています。また、気を養うには、しずかにして、無用の事をいうてはいかんとあります。

 ううむ。兼好法師は徒然草で「おぼしきこと言はぬは腹ふくるるわざ」と書いておるではないか。それに、しょうもないおしゃべりをしてストレスを発散するのはからだにええと思うんですけど、そのあたりはどうなんでしょうねぇ。

 まぁ、「養生の道は、中を守るべし。中を守るとは過不及なきをいう。」と、中庸を薦めてもおられることですから、あんまり喋りすぎるとよくない、という程度に認識しておきますわ。


 おしゃべりといえば、9月と10月に、このHPの本丸、グランフロント大阪の[住ムフムラボ]で「なかのとおるの『大人の健康』を考える2カ月連続トーク」をおこないます。そこでは、しゃべりすぎたら気がなくなっていく、などということはまったく意識せず、パワー全開でお話いたします。近々、詳細が発表になりますので、お楽しみに!

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