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平野 愛

平野 愛/写真家

その日の記憶を文字だけでなく写真と一緒に残せたらどれだけ素敵だろうか。 身の回りの「残像」を積み重ねていく楽しさを書きとめていきます。

最終回 さみしいけれど、さようなら

 何が辛いかというと、自粛明けのエンジンのかからなさ。一体全体どうしてみんな、そんなすぐに走り出せるのか。

 振り返ると息子の休校が2月29日から始まり、通常再開する6月1日まで、実に93日間もの間、四六時中家の中に居て、ご飯作って、映画見て……、を繰り返していたのだよ。長い長い夢の中にいるようで、仕事もきっとなんとかなるし、なんとかならなくてもまあいいやという感じで過ごして来た。実際、こうして記している今でさえも、まだ「あちらの」世界にいるような気がして、毎日戸惑っている。

 そうだった、変化の苦手な自分をこのコラムではあの手この手で記録して来ていたではないか。一丁隣に引っ越しするだけで号泣してオカンに「しっかりしよし」と怒られるというような有様だったではないか。ノー刺激、ノー変化。万歳! と、自粛生活にどっぷりと体を馴染ませてしまっていたツケが、こうして回って来ているというわけだ。

 そんなこんなの数ヶ月を、最後にもう少しだけ残しておきたいと思う。


2020年4月上旬。
 厳重な体制で動いていた撮影仕事に一区切り。数百枚の写真処理。納品作業を端から端まで片付ける。清々しい。緊急事態宣言の予感が出て来た段階で、スタッフの働き方を考える。次の日には完全に在宅ワークへと移した。ここから毎日10時と19時にLINEやZoomで呼びかけ合い、週に一度だけ一緒にランチ。ランチはテイクアウトで、ご近所の日本料理店の穴子寿司で贅沢したり、いつもお世話になっているベトナム料理屋さんでいつもの弁当で安心したり、あれこれ街のみなさんのテイクアウト料理をそっと巡る。

2020年4月中旬。
 緊急事態宣言が出る前日。母子ともに美容院に駆け込む。これからどれだけの期間、散髪できなくなるかわからない。すでに息子の髪の毛は伸びてヘルメットみたいになっている。なるべく短く切っておいてもらいたいところだが、長めがお気に入りの様子。渋り渋り提案を聞いてもらう。小学校に入るまでは私が切っていたのだけれど、ある時前髪を切りすぎてギザギザにしてしまって以来、絶対に触らせてもらえなくなった。もうこうして一緒に美容院に行くのも、あと数回くらいのことなのかもしれない。

2020年4月下旬。
 学校に新学年の教科書を取りに行くというミッションを課せられる。少しぶりの遠出。学校にはインターホンで解錠してもらい、アルコール除菌をして、庭のような吹き抜けの無人空間に並べてある教科書一式を受け取る。受け取ったらサインして、また除菌をして帰る。この一連の時間、一切人に会わない。少しばかり、誰かと会ってみたかった自分に気づく。

 息子はどうなんだろうか。時々Zoomで友達と話したり遊んだりはしているが、実際に会いたいのではないだろうかと気になって聞いてみた。すると、「まぁ、今はのんびりがいいよ。この生活はアリ寄りのアリ寄りのアリって感じでいいよ」と、よくわからないのだけれど、とてもいいとのことだった。

2020年5月上旬。
「おはよう。日本どお?」
 毎日夫にそう聞くのがクセのようになって来た。いよいよTVニュースやSNSの情報がしんどくなって来てしまったのだ。何がなんだか、よく分からないという状況。感染者も減らないのに、緊急事態宣言解除とかおかしいし、学校再開とかやめてくれ。と同時に、こののんびり生活を維持したいという気持ち。新聞とAERA、週刊文春などは時折買って来てもらっては読んでいたが、基本的には夫に要約してもらい現状を知る毎日。“日本どお?”って、こんな会話をする日が来るとは… 恐ろしい限りだ。マスクはまだ届かない。

2020年5月中旬から下旬。
 週に1・2回、2時間ほどの登校日がスタートする。それを前に体力をつけておこうと、以前から続けていたマンションの階段の上り下りで体を調整する息子。特に何事もなく、そのまま粛々と朝の数時間の登校をこなしてくる。かたや私。じわじわ始まろうとする撮影仕事を前に、動きが鈍る。「切り替えできてすごいね。母はちょっとドキドキしてしまっているよ」と伝えると、「まずは、全体を見渡すんよ。それで細部を確認していくと慣れていくよ。俺はもう慣れたよ」と10歳。学校の全貌、つまり空間と人をまず見て、それから前との違いとか、いいなと思うものとか細かい部分を確認していくらしい。そして続く。

「それにお母さん、毎日仕事用のカメラ触ってないでしょ。フィルムだって、カメラに入れなくても、押してみるだけでもいいやん。こうして構えてみるとか。覗いてみるとか。もっと親しくならないとダメ」と、喝を入れられるという事態に。全くもってその通り。一体全体、どこでそんなことを考えついたんだろうか。冷や汗をかきながら、一人玄関で夜な夜なカメラやカメラバッグを磨くところから出直すことになった。反省した。

2020年6月上旬。
 93日間ののんびり生活(自粛生活)にお別れ。小学校は分散登校という形で数時間の学習がスタートした。パンとスープ、牛乳の給食が出る。量が少ないなど色々な意見が出ていたが、何でもありがたいと思った。それだけ、この93日間の止めどなく続くご飯作りには力を注いでいたし、疲れてもいたのだと思う。誰かに栄養を少しでも与えてもらえていると思うだけで、安心した。

 街は1週目が過ぎたくらいから、若干の緩みを感じる。暑さが増すとマスクを外している大人も多い。子供たちは毎日マスクを必ず付け、少しでも接近する際はフェースシールドまで付けている。大人たち、頑張らないといけないぞと、心の中で叫んでしまう。マスクがようやく届いた。給付金の申請書も届いた。

2020年6月中旬。
 磨いたカメラを持って、撮影仕事が再開。久しぶりに街を闊歩して撮影する写真に喜びが滲み出る。磨いておいてよかった。喝を入れてもらってよかった。ちょうどいいタイミングで、世界的な卓球選手を撮影する機会まで巡って来た。またナイーブになっていたが、もう一度磨き直して、全体を見てから細部を見ていく、を繰り返した。準備も2段階予想して、資材を揃えた。念には念をだ。結局、2段目のアイデアが生きた。

 息子が11歳になった。誕生日記念で我々のライフラインとも言えるテレビを買い替えた。39インチから50インチに拡大。この3ヶ月で息子と見た映画は約30本。ドラマはほぼ毎日1話。全部で120を超える場所に出かけ、いろんな風景や会話を眺めていたことになる。映画のメイキング映像は特によかった。のんびり生活の中でも、やはり現場感のようなものを欲していたし、途切れさせたくなかったのだろう。

 不謹慎なのかもしれないけれど、私はこの生活が幸せだった。息子とこれほどまで一緒に過ごせることは、もう二度とないかもしれない。出産前のあの多幸感みたいなのが蘇ってくるくらいだ。また自粛生活が来たらいいとは思わないが、おそらくこれから先、この日々は、まさに「愛しい残像」として私の頭の中に残り続けると思う。きっといつまでも。


そして、2020年6月末。
「かなしいお知らせですけど、7月で住ムフムコラムはおしまいになります」と、切ないお声で編集部の中島さんから連絡が入る。驚いた。2013年から、当たり前のように数カ月おきにわが家のあれこれを書かせてもらい、当たり前のように執筆人のみなさんのコラムを楽しく読ませてもらって来た7年間だった。中島さんを始め、SUMUFUMULABのみなさんにはとても貴重な体験をさせてもらった。思い返せば、外部での自分の写真展にまで、読者の方や館長さんも見に来てくださったりもした。感激だった。

 わが家の「残像」を言葉でも残せたことは、変化の苦手な自分の「整い」行為にもなっていたと思う。ある頃からは、息子もこのコラムを読み始め、写真掲載の確認をしてもらうようになっていた。それがいつも緊張するし、刺激的だった。

 これから先。以前のように個人日記を始めるかもしれないし、始められないかもしれない。だけど、またいつかこのコラムを見てくださっていた方々に出会えることを楽しみに、どこかで近況を綴っていけたらいいなと思う。読者のみなさんもまた、このささやかな残像に並走いただきありがとうという気持ちでいっぱいだ。感無量だ。だから……。

 さみしいけれど、さようなら!


 今日も外は雨。午後4時前に「おかえり」。マスクを取って、手洗いうがい、ついでに顔洗い。全身の服を脱いで、仕上げに消毒。はい、OK。

のびのびのんびり。
元気でいよう。

(2020年7月記)

 のびのびのんびり。元気でいよう。

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