Interview
古き良き時代のライフスタイルが進化!? 『台の森プロジェクト』の持続可能性
宮城県仙台市の静かな住宅街に残された、森のような敷地。
昔からの住まいと屋敷林があったこの約600坪の土地に、陶芸教室とカフェ、蔵ギャラリー、レストラン、障がい者グループホーム、そして、気持ちのいい広場と緑の散歩道が生まれました。2020年7月にオープンした「台の森」です。
地主であるオーナーの佐藤さまをはじめ、多くの人の想いと土地の記憶を受け継ぎながら誕生した、地域の新しいコミュニティ拠点。単なる商業施設ではなく、行政による街づくりでもなく、人と人の繋がりが導いた「台の森」のはらむ大きな可能性を、このプロジェクトに関わる4人の座談を通してお伝えします。
昔ながらの仙台の暮らしの風景が残る場所
ーみなさんと「台の森」の関わりについて教えてください。
オーナー佐藤昌枝さん
「台の森」は先祖代々の土地で、何とか残したいと思っていましたが、20年ほど前から空き家になり、手付かずの状態になっていました。
維持するだけでも大変ですし、このまま放置しておくわけにもいかない。いろいろと相談する中で積水ハウスの佐藤(哲)さんに出会いました。
この思い出のある土地が地元の近隣の方々に利用されるような場所になればいいなという思いの丈を、ご相談させていただきました。
佐藤哲さん
ご相談を受けた時、佐藤(昌)さまの土地には、昔ながらの仙台の暮らしの風景が残っていました。敷地内には「居久根(いぐね)」と呼ばれた屋敷林や実のなる木々が植えられ、母屋と蔵、井戸があって…。
私は、積水ハウスに勤めながら、2009年から東北大学で社会人大学院生として『90歳ヒアリング』という自然と共生する暮らし方を知っている世代、つまり戦前の時代を生きた90歳前後の高齢者へヒアリングを行い、未来のライフスタイルのヒントをいただくような研究に取り組んでいたのですが、佐藤(昌)さまの思い出の土地の記憶を残したいという想いと重なりました。
長坂純明さん
私は、奈良で建築事務所をやっていて、以前に積水ハウスさんのイベントで佐藤(哲)さんとご縁があり、お声がけいただきました。いちばん最初は、この敷地に建っていた古い建物も利活用したいという話でしたよね。
佐藤哲さん
スタートはそこからでしたね。通常だと積水ハウス一社で計画するのですが、佐藤(昌)さまの想いを実現するには、有るものを活かしたり、色々な人やものが混ざっている方がいいだろうと。長坂さんには色々なプランを描いていただいて、どの木を伐採するかといった相談から、グランドデザイン、全体の建物の配棟計画、インテリアまで相談させていただきました。
田代里見さん
私は、25年くらい仙台で陶芸をやっていて、現在は、「台の森」に住みながら、陶芸教室&カフェ&ギャラリー「Satomi kiln(サトミキルン)」を運営しています。
長年、この近くにアトリエがあって、住宅地に森があるなぁ…って思っていたんです。そしたら、佐藤(哲)さんに、この場所にアトリエを移しませんか?というお話をいただいたのが始まりです。
先祖の想いが宿る木々を再利用
ー「台の森」はもともとあった木々を今のカタチに残しておられますが、その経緯を教えてください。
佐藤哲さん
かつて仙台には、伊達政宗公が災害や飢饉に備えて、家臣たちの屋敷に食料にもなるような樹木を植えたり、畑を作ったりすることを奨励していたという土地の歴史があります。
敷地内にも柿、ビワ、クルミ、ウメ、クリといった実のなる樹木がたくさんありました。
オーナー佐藤昌枝さん
子どもが生まれるたびに、これは誰々の木だ、花だと言って、庭の木々を増やしてきたという家族の歴史もあるんです。だから、私が生まれたときに植えたという椿もどこかにまだ残っているはず…。父と母が結婚したときにも2本の木を植えたと聞きましたね。
佐藤哲さん
実は、「台の森」のすぐ隣りは、25年くらい前に佐藤(昌)さまのお父さまからのご依頼で、積水ハウスが賃貸住宅を建てているんですよ。
そのときには樹木をすべて伐採してしまっていて…。同じようなことはしたくないなというのも、佐藤(昌)さまからのご相談でした。もう、そういう時代じゃないだろうと。
そこで今回は、木々のすべてではないにしても、できるだけ残すことを考えながら、伐採した木も処分ではなく、建物に活かしたり、薪にしてストーブで使ったり、チップにして整地に利用したりという形をとりました。
田代里見さん
地元の人間にとっては、この土地が手付かずの森のようだった時代もずっと見てきました。ただ、興味があっても中に入ることはできなかった。
それが今では、ここに散歩がてら毎日通っていく人もいたりして、公園のような感覚で使われています。
工業化住宅と建築家、木組みの大工が共存する形で
ー田代さんは、「台の森」で陶芸教室&カフェ&ギャラリー「Satomi kiln」を運営されていますね。
田代里見さん
オープン当初は、カフェになかなか入って来れないっていう方もいましたが、最近では、ご近所のご老人の方やお子様連れ、若い子がInstagramを見て来てくれたり、幅広い世代の方に利用していただけるようになってきましたね。
佐藤哲さん
小さな子どもたちが遊んでいる時間帯もあれば、仕事終わりの大人たちがバーとして楽しめたり、多世代で多様な人が集まることができる場所にしなければと話していましたね。
佐藤哲さん
建築の面でいえば、「Satomi kiln Cafe」は積水ハウスの新築の建物なんですけど、インフィルのデザイン・インテリアは長坂さんにご協力いただきました。うちの中古物件のリノベーションに建築家が入ることはあると思いますけど、新築からというのはなかなか画期的なんです。
長坂純明さん
そもそも、工業化住宅と独立した建築家というのは相容れないものだとされがちですけど、積水ハウスさんの建物の鉄骨部の美しさだとか、とても洗練されたデザインだなと個人的に思っていました。
佐藤哲さん
こうした鉄骨の構造体は、社内の設計が手がける場合、化粧材を貼るなどして見えないように仕上げるのですが、デザインとして受け入れられるのなら、大きな転換だと思うんです。
たとえば積水ハウスが30年前に建てた建物でも、天井を落とせばこうした鉄骨の構造体が現れてくるわけですから、今後それを活かしたリノベーション提案というのも考えられます。
長坂純明さん
もうひとつ建物の話でいえば、解体するつもりで地元の大工さんに見てもらった古い木の蔵があります。そうしたら、もう手に入らない松や栗の材が使われていてもったいないから、建主さんと何らかの形で残そうという話になったんですよね。
佐藤哲さん
そうですね。
長坂純明さん
そこで建主さんに決断をしてもらい、宮城で木組みの大工をされている杉原マイケル敬さん(木工房 瑞)におまかせをして、蔵の材を活かす形でギャラリーを建てるという計画になりました。
佐藤哲さん
この敷地にあった松や栗の木を大胆に使って、地域の子どもたちも巻き込みながら蔵ギャラリーが建てられました。かなり時間もかかりましたが、大工さんの丁寧な仕事ぶりを関係する人たちみんなが見守りながら完成を待ちました。長坂さんにも辛抱強く付き合っていただきましたね。
長坂純明さん
いえ、ああいった蔵は自分ではつくれないものですから、すごいです。
結果的に周囲にもうまくなじんで、「台の森」にとって象徴的な建物になりましたね。
オーナー佐藤昌枝さん
たくさん話し合って進めていたので、だいたい完成図を想像できていたつもりですけど、この蔵ギャラリーだけは完成した姿を見て、その迫力に驚きましたね。いい方向に想像を超えてきました(笑)。
佐藤哲さん
積水ハウスの工業化住宅とこうした蔵ギャラリーのような建物を、「台の森」では意図的に同じ目線に入ってくる場所に配置しています。
積水ハウスの建物なのか大工さんの建物かじゃなくて、どちらも共存してそれぞれのいいところを採り入れていく。その多様性も今の時代に合っているのかなと思います。
福祉事業施設とイタリアンレストランが並ぶ「台の森」
ー「台の森」には他にも、福祉法人の障がい者グループホームとイタリアンレストランがあります。様々な施設がなんの垣根なく並んでいるのもユニークですね。
オーナー佐藤昌枝さん
この場所の相談を始めた頃から保育園があったらいいなとか、そんなアイデアもありましたよね。
佐藤哲さん
そうでしたね。世代を超えて色々な人に利用いただける方が長い目でみてもいいだろうと。私が、積水ハウスで医療介護と福祉の担当をしていましたので、地域と切り離された施設ではなく、地域に溶け込んだ拠点をつくりたいという福祉業界のニーズの高まりを肌で感じていたこともあります。
オーナー佐藤昌枝さん
福祉系の施設が地域と切り離されてしまっていることは私も違和感を持っていたので、佐藤(哲)さんのお話は自然と理解できました。
長坂純明さん
そういうのってすごいですよね。行政主導で区割りを決めてというのではなくて、土地のオーナーさんの思いや理解があれば、福祉事業も組み合わせた場所が実現するわけですから。
持続可能な場所をつくりだしていくためには
ー将来を見据えたときに、「台の森」のような場所のつくり方、あり方は他の地域でも実現可能なことでしょうか。
佐藤哲さん
「台の森」はカフェや陶芸教室、福祉施設、イタリアンレストランの3つが入っていることで、事業計画を成立させています。しかも、それぞれが住まいでもある。
一定の敷地のなかでどう事業として成り立たせるかという話は、建築の仕事、不動産の仕事、コンサルティングの仕事といった専門家が分かれていることで実現しづらくなっている面も多いと思うんです。たまたま私が色々なジャンルに関わってきたこともあって、うまい具合に成り立たせることができたと思います。
長坂純明さん
事業化のデザインですよね。なかなか建築家の私ひとりではできないことだから、今回のプロジェクトをやり遂げたことは今後の大きな財産だと思っています。
ただ、こういうプロジェクトがそのまま一般解になることはなくて、それぞれの特殊解をどうやって成立させていくかだと思うんです。とっておきのアイデアがひとつあれば解決するのではなく、目の前にある問題を一つひとつ解決していくしかない。
オーナー佐藤昌枝さん
私は今回のプロジェクトで一番よかったのは、こうでなければならないと決めつけなかったことだと思っていて。こうなったらどうしよう、ああなったらこうしようって、たくさんの可能性を並べていく中で、佐藤(哲)さんと相談しながらフレキシブルに決めていくことができました。
佐藤哲さん
敷地の木をどう残すかということだけとっても、長坂さんはもちろん、営林署の方、樹木医さん、山で木を切っている空師さんだとか、隣り合うご近所さんなど色々な方にご意見いただいて、それをすべて佐藤(昌)さまにもお伝えした上で進めていきました。
積水ハウスが頭に立つというのではなく、関わってくれた様々な人たちとフラットな関係で進められたのがよかったと思います。そして、こうやって「台の森」が完成して、周囲から受け入れられている姿を実例として見せられることはとても大きいです。実際にここを見て、向かいの土地でも話が決まったり、福祉法人さんの次期計画もご相談いただいたりしています。
他の地域で「台の森」をやろうと思ってもやり方は絶対に違ってくると思いますが、まずはその地域で受け入れられる場所をこうやってつくればいいんだというひとつの形を示せたかなと思います。
『台の森プロジェクト』は、2021年の第15回キッズデザイン賞において、奨励賞 キッズデザイン協議会会長賞を受賞しました。
【受賞企業・団体名】
積水ハウス株式会社 / ひとともり 一級建築士事務所 / 木工房 瑞
【受賞作品名】
台の森プロジェクト
【賞名】
奨励賞 キッズデザイン協議会会長賞
受賞部門(子どもたちの創造性と未来を拓くデザイン リテラシー部門)
【受賞理由】
地域に代々住まう「人」に着目した多世代交流かつ歴史文化の伝承プログラムで、細部にわたり工夫が読み取れる。まちの成り立ちや暮らしぶりなどを高齢者からヒアリングし、子どもたちは建築・外構作業に参加している。コミュニティーの希薄化が問題視されるなか、子どもたちのまちづくり参画のロールモデルになり得る骨太なプロジェクトである。
■キッズデザイン賞 公式HP
https://kidsdesignaward.jp/
(2021年9月29日更新)
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佐藤哲
積水ハウス CRE事業部 医療・介護事業推進室
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佐藤昌枝
「台の森」オーナー
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長坂純明
ひとともり一級建築士事務所代表
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田代里見
陶芸作家