2011年東日本大震災、2016年熊本地震、2018年北海道胆振東部地震をはじめ、日本で大きな地震は頻繁に起こっています。そして、南海トラフ沿いの大規模地震が今後30年以内に発生する確率は70~80%、「切迫性の高い状態」だと気象庁から発信されています。
ハウスメーカーの進める耐震・制震、普段からの地震の備えについて、積水ハウス 総合住宅研究所 構造研究開発グループの片岡さんから話を聞きました。
本記事のもくじ
・耐震・制震と快適な暮らしの両立を目指して
日々の実験・検証から住まいのあり方を考える「総合住宅研究所」についてご紹介します。
・熊本地震の現場で見聞きしたこと
住民の方の生の声を聞く実地調査の様子や、地震後の住宅状況について伺いました。
・私が実際にやっている防災対策
積水ハウスの防災担当である片岡さんが日常で実践する防災対策を教えてもらいました。
耐震・制震と快適な暮らしの両立を目指して
ー片岡さんが所属する総合住宅研究所では、どんな研究をしていますか?
片岡さん
あまり表に出ることは少ない部署ですが、積水ハウスの総合住宅研究所では、たとえば、3階建ての住宅を実際に建てられるくらいのスペースのある構造実験場で、地震の揺れを再現して建物を振動させるなどの実験と検証を行なっていますよ。
ー地震体験してみると、想像以上に揺さぶられる感覚に驚きました!
片岡さん
実際に体験して、驚かれる方は多いですね。
私のような構造の専門家以外に、断熱性能、部材の耐久性、ユニバーサルデザイン、自然エネルギー利用、遮音や防音性…と多くの専門家がいて、さまざまな角度から住宅のあり方を考えています。
ー長時間にわたって炎が当てられていても、触れている側は熱さを全く感じませんね。
片岡さん
火事は火の不始末だけでなく、配線からの出火や、気候の影響、災害の二次被害など色々な原因があります。通常、木造住宅が燃焼する温度は、1200℃に達し、このとき3m離れた隣家が受ける温度は約840℃になると言われます。
積水ハウスの外壁は、840℃以上の熱を加えても、外壁、裏面の温度は木材の着火温度を大幅に下回るという、高い耐熱性能を持っています。
統計では、火災の際、通報から消防車が到着して放水を始めるまで、およそ15分以内というデータがあるので、住宅の外壁は、少なくともそれまでは持ち堪えることが必要なんですよね。
ー片岡さんは、就職されてからずっと総合住宅研究所ひと筋でしょうか?
片岡さん
そうです。今年で8年目になりますね。
大学時代は、住宅設計に関する研究室で設計を学び、大学院から建築構造の研究を始めました。
ちょうど大学院のことを考えていたときに東日本大震災が起きて、あらためて構造研究の大事さを強く感じさせられたという理由もあります。
ーそうした動機もあったんですね。総合住宅研究所での日々はどうですか?
片岡さん
研究所といえば堅苦しいイメージを持たれるかもしれませんが、およそ60人もの専門家が集まっていて、いろんな視点からの知見を日々言い交わせることはとても刺激的ですね。
たとえ専門が違っていても、住宅という建築としては小さな単位の中で、お互いの研究が関わりあうところが多くあるので、一緒に仕事をしている感覚が強い。
入社前には想像できていなかったのは、実は肉体労働がかなり多いこと…。思いもしなかったくらい、たくさんのネジやビスを打っています(笑)。
ー机に向かうだけが研究じゃないわけですね!
片岡さん
図面を引いて、施工は職人さんにお願いすることもありますよ。
ですが、施工のやりやすさを自分で検証しながら設計変更をするなど、実験はそうしたトライアンドエラーの繰り返しのため、実際に動いて確認することも大切だと思います。
ーそんな片岡さんにお聞きしたいのは、地震に対する住宅建築の備えは変わってきているのか。たとえば東日本大震災以降、どのような状況でしょう。
片岡さん
東日本大震災では、10分以上の大きな揺れが続く「長周期地震動」が計測されましたし、熊本地震では震度7の揺れが2回連続で発生しました。
単に大地震というだけでなく、さまざまな揺れの特性に対して建物が耐えられるかどうかは、弊社の実験でもいくつかの地震波を起こして確認していますよ。
ー地震エネルギーを吸収することによって、建物の揺れを小さくするわけですね。
片岡さん
地震エネルギーを吸収する「制震構造」を住宅のフレームに組み込むことで建物の変形をおさえる仕組みは、弊社では東日本大震災の前から搭載を進めていました。
いまでは制震構造の搭載率がどんどん上がってきていますよ。
積水ハウスの耐震性は、1995年の阪神・淡路耐震災で、被害エリアに建築していた29,692棟のうち、全壊・半壊は0棟。東日本大震災も177,488棟のうち全壊・半壊0棟、熊本地震でも全壊・半壊した棟はありませんでした。
ーそうなんですね。制震構造の機能面では、どのような技術革新がみられますか。
片岡さん
弊社の話でいえば、東日本大震災前から建築基準法を大きく上回る性能を実現していました。もちろん、それをさらに丈夫に、という検討は進めていますが、ただ地震に強い頑丈な住宅をつくるというだけではなく、日々の暮らし、快適な居住空間を実現しながらも、いつやって来るかわからない地震に備えることが大事だと考えています。
たとえば、仕切りのない大空間の住まいを求められる方が増えている中で、それに伴う構造上の問題を検討したりといったさらなる改良を日々進めています。
熊本地震の現場で見聞きしたこと
ー研究所から出て、実地に調査するような機会もあるのでしょうか。
片岡さん
現地での検証は、研究グループとして今なお継続しています。私は熊本地震の後、発生から数日後に現地に入らせていただいて、建物の躯体調査を行なったことがあります。
そのときに印象に残っているのは、建築物の構造体に問題が発生していなくても、住民の方がすごく不安に感じておられて「家が傾いているような気がする」と言われたこと。
計測をした数値上では傾きはなくても、窓の外に見える電柱が傾いていたりすることもあって、そう感じられてしまう。
そうした不安を少しでもやわらげて、より安心につなげるためにどうすればいいのか、今も考えています。
ー地震被害の住宅状況では、「全壊、半壊」といった表現がよく用いられます。「半壊」というのはどういった状況を指すのでしょう。
片岡さん
半壊とは「損壊が甚だしいが、補修すれば元通りに再使用できる程度のもの」と定義されています。また住宅全体のうち損害を受けた面積の割合や損害金額の割合によって判定されることになります。
ですので、壁が動いてクロスの継ぎ目が切れるといった被害の場合では「半壊」と認定されません。だとしても、その家に実際に暮らす方にとっては、不安要素には違いないので、きちんと説明することが大事だと思っています。
また、これはどこまで話していいのか難しいところですが、新しい部材を使った技術開発もこの5年くらい続けています。
ーそれは気になりますね。
片岡さん
技術の検証方法から確かめたり、技術的にOKでも法律の問題があったり、新しい素材なのでそれを世に出すためにはメーカーさんと製造ラインの相談をしたり…様々な課題があるのが現状です。まだまだやることは多そうです!
ー技術開発以外にも研究を続けられるうちに気づかれたことは何かありますか。
片岡さん
建物に関する法律の「建築基準法」は、東日本大震災以降、よりきびしい基準で定められるようになってきました。
しかし、そうした法律が住宅にまつわるすべての要素を網羅しているわけではありません。明確な基準や指針がないことも多いので、場合によっては社内で独自の基準を設けています。
色々な可能性を詰めていくと、ここは基準をつくったほうがいいのでは?というところが結構あるんですね。国の法律だけでは行き届かないところもある。それは仕事を始めるまで気づいてなかったことでした。
ー法律の定める基準を満たすのは当然ですけど、それだけではこぼれ落ちているところが出てくるのですね。
私が実際にやっている防災対策
ーとても興味があるのですが、片岡さんご自身は、専門家としてどんな防災対策をされていますか。
片岡さん
地震が起きたときに家の中で怪我をする原因の4割以上が、家具の転落や家電の転落によるものなんです。タンスにしても食器棚にしても、家のなかには危険なものが少なくありません。ですから私は、背の高い家具の上には必ず物を詰めて、動かないよう固定していますね。
ー突っ張り棒ではなくて?
片岡さん
突っ張り棒を使っているところもありますけど、大きなダンボール箱を家具と天井の間の空間に合わせて切って、箱のなかに柱を立てたり物を詰めたりしながら固定しています。
厚いダンボールであれば面で支えてくれるので、物を詰めなくても一定の効果はありますよ。
ちなみに、私は食器棚の上のダンボールにディズニーランドのマップを貼って、ディズニーランドの気分を味わえる感じにしています!
ー防災をさらに楽しくする工夫、いいですね。他にもされている対策はありますか。
片岡さん
あと、仕事で防災にかかわってから、簡易トイレ100回分を購入しました!
水道に関しては、住宅側でできる対策もありますが、公共の水道が止まってしまう可能性は避けられないので、その備えは必要だと思っています。ですから、飲料用水にも転用できるよう、水やり用に水道水をペットボトルに詰めたものを毎日準備していますね。
ー日々のささやかな心がけが、非常時に頼りになるんですね。
片岡さん
そうですね。5年保存の水もいいのですが、私は日常的に使えたり役立つものとして防災を考える方が負担にならないので、自然とできることから取り入れています。
保存食としては「アルファ化米」を準備していますけど、賞味期限が切れそうになれば旅行へ持っていったり、勤務中のお昼ごはんにもしています。ただ、お湯を使っても15~20分くらい待つ必要があるので、お昼休みが短くなってしまうのですが…(笑)
でもそれだけの時間がかかるというシミュレーションにもなりますし、日常のなかで消費できることがいいなと思っています。
ー積水ハウスのオーナー様向けにも「歯みがきと防災」「旅行と防災」といったユニークなテーマで防災を紹介されているそうですね。
片岡さん
防災のことだけを独立して考えるのではなく、日常のことと絡めた方が自分ごとにしやすいので、「〇〇と防災」という形での情報提供を進めています。
たとえば、「歯みがきと防災」というテーマでは、液体歯みがき、歯みがきガム、ウェットティッシュといった、水を使わずにすむ歯みがき用品を紹介しました。
水には、飲料水と生活用水があって、飲料水だけでも1日につき1人3リットルの水が必要だとされています。ですから、生活用水をできるだけ節約することは、飲料水を備えるのと同じ意味があるんですね。
ちなみに、「どの歯みがきなら1週間備蓄できそう?」とアンケートを取ったところ、
「普段から使っているものだとと抵抗なく備えられそう」というコメントを多く頂きました。人のライフスタイルに沿った「備え」が大切だと感じましたね。
ー日常生活と防災という視点をもてば、より身近に防災に取り組むことができそうですね。
片岡さん
最後にひとつ、先日、地震が起きたときにSNSを見ていて気づいたことがあったので、お話ししてもいいでしょうか。
ーぜひお願いします。
片岡さん
地震の後、「食器棚が倒れそうだったので押さえにいきました!」といった投稿を結構たくさん目にしたのですが、これはすごく危ないのでやめてください。
物を守りたい、後から片付けるのが大変だから倒れないようにしたいという気持ちはよくわかるのですが、自分の身を守ることを第一にしてください。
家具がグラグラと揺れていたら、とっさに走ってしまうのだと思います。ですから、先ほどお話したように、天井とのすき間を埋めて動かないようにするだとか、タンスはクローゼットの中に収納するようにするといった、事前の対策をお願いします。
ー私もとっさに家具を支えに走ってしまうところでした…。たくさん教えていただきありがとうございます。
きずな 防災読本
「いつもの暮らしがもしもの備え」。 災害が起きたときに少しでも被害を減らせるよう. 日頃の備えについてまとめました。ぜひご覧ください。
※「きずな防災読本」は、2020年に積水ハウスの戸建オーナー様向けに
作成された冊子です。このため、一部市販されていない商品も含まれます。
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片岡さん
積水ハウス 総合住宅研究所 構造研究開発グループ
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編集:太田 孟(合同会社バンクトゥ)
取材・文:竹内 厚
写真:原 祥子